緑の丘にて
そこは高台にあって、緑の森を広く切り拓かれた墓地である。
近くに高速道路が走っているが、ここだけは別世界のようだ。
ぐるり360度見回しても、遠くに緑の森が、頭上には青い空があるだけ。
ときどき鳥の鳴き声が聞こえる静かな墓地である。
その日、私は友人とその友人の娘さんの七回忌に詣でたのだった。
亡くなった娘さんと私の娘とは同級生であった。
子宮がんであまりにもはかなく命が散ってしまった。若い人の墓前にお参りするの
は悲しい。
思い出を語りながら、お線香をあげ、お花を添えた。
祈りの後、私は再びぐるりと空を見上げ、遠い新緑の森を見つめた。
「手をつないで一緒に幼稚園に行った時の姿が昨日のようだわ」
と言うと。
「人の命はわからないものね」
と友人が応じた。意外とサバサバした言い方で安心した。
お参りを済ませ、墓地の一角にある大きな石の仏像の所に立ち寄った。
そこだけは仏像を守るように大きな二本の楓が植えられている。
この時期、赤い葉の楓とみどりの葉の楓。そのコントラストが美しい。
赤い葉の方はその色から柔らかな安らぎの美しさを見せ、緑の方は葉の濃い影と照
り映える葉とのコントラストで、躍動感を見せている。
楓は「もみじ」と言われるように秋には落葉する。なぜ落葉樹を植えたのだろう、
と、ふと、疑問がよぎる。
もみじは秋の紅葉の時期の方が好まれ、美しく紅葉して潔く落葉する美しさから、
まるで人生最後の輝きのシンボルのように愛でられるのだ。
その疑問を友人に漏らすと、
「紅葉の後、葉を落とした木には、すでに次の命を育んでいるからね」
と応えた。 |