映画だ〜い好き        文は福原まゆみ


尾形映画プロデューサーの友人が仕切る映画制作会社で働く映画好き女史が
エッセーを連載してくれてます。
映画女史、少女の初々しい新生活を描いた作品に共感しました。




四月の雨の日


四月の上旬、桜に雪が降り、今は新緑に雨が降っている。四月…雨…四月…雨、と思っ

ているうちに『四月物語』を思い出した。


北海道から東京へ、進学のため上京する女の子を家族が見送る。松たか子演じる楡野卯

月の家族は、贅沢にも松本幸四郎一家(1998年当時)が総出演だ。温かい家族の元を離れ、

東京に着いた卯月は、まだ何もない部屋で窓の外を見ながらごろ〜んと横になる。この

ごろ〜んが、忘れられない印象を残す。新生活の前に、こうやって全身の力を抜き、深

呼吸することが必要なのだ。


引っ越し荷物は桜満開の中、新居に届く。風に乗って散る桜の花びらは、まるでピンク

の雨のようだ。卯月は新生活に張り切ろうとするが、如何せん要領悪く、業者を手伝お

うとしても邪魔にしかならない。”テキパキ”が難しい一年生だ。同じ様な経験を持つ

者としては(つまり私も”テキパキ”が苦手)、ぐいぐい感情が引っ張られる。引っ越し

一つにもこんなに緊張して…。頑張れ卯月!


大学での自己紹介は、もっと卯月の緊張を高め、少し浮いたような状況に追いやる。こ

れも経験あるなぁ…。手持ちカメラが自在に動き、若者たちの日常のテンションと加速

するスピード感を視覚化する。精いっぱい頑張る卯月は、まるで少女マンガの主人公の

ようだ。宇宙人の様な同級生や妖怪の様なご近所さんとも繋がり、時として、卯月が不

思議の国のアリスの様に思えるのが面白い。そうだ!監督はアリスが好きなのだ。


戸惑いの中で輝く卯月を瑞々しく捉えるカメラは、今は亡き篠田昇さん。素晴らしいカ

メラマンで、映画に小津的という言葉があるように、篠田的という言葉もある。いや、

いま私が作った。篠田さんは光の魔術師と言っていいだろう。


卯月が東京の大学を選んだのは、武蔵野書店に行くためだった。武蔵野書店に行くのは、

高校の先輩がいるからだった。先輩がいるところに行くのは…ドキドキ、キラキラ…。

こんな風にまどろっこしいのが卯月の青春であり、多くの元・少女たちが、むかし過ご

した青春なのだ。

桜は雨に変わり、大粒の滴もキッラキラに輝いていた。


『四月物語』
1998年/日本/カラー/67分
監督・脚本/岩井俊二
撮影/篠田昇
出演/松たか子、田辺誠一、藤井かほり


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