『名もなき生涯』
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツに併合されたオーストリアで、良心的兵役拒否を
貫いた農夫とその家族の物語。
美しい自然の中、家族を愛し質素に暮らしていたフランツ一家の日常が、ため息が出
るほど美しく映し出される。それはまるでこの世の楽園のよう。しかし、そんな一家
にも戦争の影が忍び寄る。
フランツは、人を殺してはならないとの聖書の教えにどこまでも忠実に生きようとし、
ヒットラーに忠誠を誓わない。「もし神から自由意志を授かったなら、自分の行動に
責任を持たなければならない」と言って。
フランツが兵役を拒むと、村人たちは彼を臆病者と罵しり、神父は祖国への義務を果
たすのが教会の教えだと諭す。それでも彼は妥協しない。誰が何と言おうと、人を殺
してはならないのだ。誰からも理解されなくても、神のみ見上げて生きようとする信
仰は、彼の投獄後、厳しい状況に追い込まれる妻の心をも動かす。
愚直なまでの信仰と愛が息をのむ映像に織り込まれ、決して珍しくはない兵役回避の
ストーリーを天国への道標のように見せていた。
私にとって、テレンス・マリック作品の心地よさは大きく3つある。自然光とカメラ
ワークと視覚で捉えられないものの表現だ。
「神の創造された自然の光は何よりも美しい」と言うマリックは、基本的に人工照明
を使わない。マジックアワー(陽が沈んで暗くなるまでの時間)での撮影は、影が消え
光源がどこにあるのか分からない不思議な雰囲気を醸し出すのだ。フワフワと空間を
漂うようなカメラワークは、観る者をスピリチュアルな世界へと誘う。ニューエイジ
的という声もありはするが…。そして目に見えない風は、ザワザワという音と共に森
の木を揺らし麦の穂を躍らせる。これぞマリック・ワールド!
そんな映像と音のリズムにうまく乗れば、きっとマリック作品の虜になるだろう。
余談だが、ゴッホの『馬鈴薯を喰う人』やラ・トゥールの『マグダラのマリア』の様
な場面があり、照明の参考にしたのだろうと思うと嬉しくなった。
『名もなき生涯』
監督/テレンス・マリック
脚本/テレンス・マリック
音楽/ジェームズ・ニュートン・ハワード
撮影/イェルク・ヴィトマ―
出演/アウグスト・ディール、ヴァレリー・パフナー、ブルーノ・ガンツ
2019年/アメリカ・ドイツ/カラー/173分 |