映画だ〜い好き 文は福原まゆみ
尾形映画プロデューサーの友人が仕切る映画制作会社で働く映画好き女史が
エッセーを連載してくれてます。
映画が手軽に撮れそうな時代にひとこと言いたい。
iPhone映画
近年のスマホの進化は恐ろしく早い。最高機能を搭載したiPhoneを持っている友人が、
海外赴任時に撮ったビデオを見せてくれたのだけど、その画像の鮮明なこと!!そして、
まるでステディカムかと見紛うほど、移動ショットもズームも滑らかだった。映像を見
る限り、これは映画館で観ても遜色ないものではないかと思った。実際スマホで撮って
公開される映画もぼちぼち出始めている。もはや映像はシロウトでもプロ並みのハイク
オリティを実現できるのだ。それを凄いと思いながらも、心中は穏やかではない。まる
でプロのカメラマンの存在が軽くなっていくような感覚を覚えたからだ。「これで自分
も簡単に映画を作れる」な〜んて思われたら、たまったものではない。たとえプロ並み
のハイクオリティ映像を撮れたとしても、フレーミングやライティング、キャメラワー
クに無自覚であれば、締まりのない、単なる自己満足の映像になるだろう。伝えた いも
のだってうまく伝わらないかもしれない。すぐに馬脚を現すのだ。撮影ひとつとっても
そうだし、映画は映像がよければいいというものではない。テーマのとらえ方、全体の
構成、ムダのないセリフ、伏線の張り方、編集によるストーリーの再構築や調整、音の
表現等々、映画を構成する要素は他にも山ほどある。やはり映画は奥が深い。そのうえ
更に映画史の流れもある。アートの世界の芸術思潮史に、映画だって乗っかっているの
だ。その中でとらえるということ、新しい思潮を生み出すということにも自意識をもっ
て挑むべきだろう。映画作りをナメテてはイカン!
な〜んて、テクノロジー音痴の負け惜しみでした(笑)