老後の生き方
私の父は若いときに印刷業を起こしたが、性格はまったく商売向きではなかったような
気がする。
仕事より趣味に精を出した。非社交的で本が好き、短歌が好き、従って出不精、そして
わがままだった。
娘に婿をとって、家業を譲り、75才で歌集『日輪』を自費出版し、盛大な出版記念パー
ティーをした後、すべてをし遂げたように何もしなくなった。
そのうち、だんだん歩けなくなり、寝たきりになって89才で亡くなる。
晩年、枕元にラジオを置き、若い時は嫌いだった音楽を聴いて、歌謡曲って意外と歌詞
がいいんだねえ、としみじみ言っていた。
傍に母や娘と女手があったので、身の回りのすべてをしてもらい、最後まで自宅で過ご
し、とても幸せな老後だったと思う。
年をとるということは、一部の例外の人を除いて、身体や思考などすべての能力が徐々
に衰えていくということなのだろう。
最近の政府の高齢者対策は、なるべく高齢でも働けるよう定年を延長し就職口の門戸を
開くという。そして後期高齢者には寝たきりにならぬよう、病気にならぬよう、運動や
リハビリのための制度に力を入れるという。
元気なお年寄りを目指すのはいいことだけど、そうすると、さんざん働いた老人の悠々
自適の老後っていつくるのだろう。
考えることも身の回りのこともできなくなった能力のない老人たちは、脱落者になるの
だろうか。
現在の能力ばかりが問題視され、必要な人、不要な人、というレッテルを貼る風潮にな
りはすまいか。
世の中、だんだん残酷な視点になっていくような気がする。
「しょうがないよ、年取ったんだから」
そんな寛容な言葉をかけられれば、気楽に安心して老いていけるのではないだろうか。 |