3/22のしゅちょう
            文は田島薫

趣味や旅行の楽しみ方、について


ほんの2〜3日前、青春18きっぷで旅行して来たんだけど、連休だっていうのにい

いとこだな〜、って思えるところになんでこんなに人がいないんだろう、って感

じたことなんかを総括してちょっと勝手な感想を。

長野には、家人の両親がいたこともあって何度も行ってるんだけど、休日だと新

幹線は満員だし、高速バスだってそこそこ満員で、高速道路なんかは一般乗用車

が列作ってるのに、そういった人々はどこへ行ってるんだろう、って不思議で。

長野なら善光寺なんかが混んでるのはわかるんだけど、あんなに車がいっぱい入

り込んでるなら、例えば、われわれが行った信州新町の山間の犀川沿いを蛇行す

るルート19線のドライブを楽しむ車がもっとあっていいと思うのに、たま〜にす

れ違う程度なのだ。

タクシーの運転手の話では、10数年前に近くを高速道路ができて、みんな車がそ

っちへ行っちゃうようになったそうで、それからあたりの美術館や温泉施設など

も客が激減したそうだ。今の若者などは、一日に最大距離と最大箇所の遊び場を

移動することに精を出す傾向にあるんだ、って運転手の意見が当っていそうだ。

四六時中スマホをにらんで、ラインだかゲームだかして常に動くおもちゃのよう

な刺激ばかり求める若者が増えてるようだけど、ちょっと目を上に向ければ、大

自然の息吹きが感じられるはずなのに、それをせず、かと思うと、旅行中もよく

遭遇したんだけど、複数のこっちは中高年まで、若者といっしょの方向にカメラ

向けて列車だの景色だのを撮影してる。

何をおもしろく思うかは個人の自由なんだから私がそれをとやかく批判する必要

はないんだけど、みんなして同じもん写真に撮ってなにがおもしろいんだろう、

って私には感じられるんだけど。

これは大きなお世話なんだけど、人々のあらゆる趣味がたいてい世間の流行に乗

せられる傾向があり、雑誌だのテレビだのネットだので、流行仕掛け業者やら情

報リーダーやらが勧めたもんに人が次第に集まるとそれがとても価値があること

のように錯覚をしてしまう、人間の本能的なもんがあるんだろう。

かつてのスキーブームやボーリングやゴルフブームもそうだけど、ブームが去り

閑散とした場所で、たとえひとりぼっちでもそれを楽しめるんだとしたら、それ

こそ本当に自分の趣味なのかもしれない。




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