1/27のしゅちょう             文は田島薫

情報の選択力について


公私に渡って、わざわざ色々な用事を見つけちゃ忙しく日々を送る現代人。その目的

は、健康で経済的にも豊かで生きがいのある仕事や趣味も持つ、っていったことだろ

うと思うんだけど、いつまでたっても自分の気持ちに落ち着くところがないなら、そ

れは多分、切りのない欲望と溢れるほどの情報摂取とその消化に手間取るせいだ。

なんだか、自分のいる場所ややってることが納得いかないんだけど、とにかく目の前

の予定に従ってコツコツやってけばなんとかなるだろう、って人も多そうだ。

一方、少し気持ちの余裕がある人なら新聞や絶えまなく流れるテレビの情報の他、イ

ンターネットで調べればなんでも出てるから、疑問が出れば自分で調べることはでき

る、ってことで、自分にとって必要なことはなんでも解決できる、って気分にもなる

し、実際、物理的疑問なんかはきちんと答が得られるし対処もできる。

となれば、生活をやってく上でなんの問題もないような気にもなってくるんだけど、

実は、この問題意識のレベル、ってもんがなかなかくせものなのだ。

だれでも自分の価値観にもとずいて、生活のためのルールを作り、それに沿って生活

してるから、そうやって、いつでも自分の疑問を解決してけばいい、って、いわば、

万能感を持ってしまいがちなんだけど、だれにでもこれに先入観、ってもんが知らず

に作用してるもんだから、自分では思いきり自由にしてるつもりでも、自分が乗って

るお釈迦様の手のようなその大枠についての疑問に気がつかないことがあるのだ。

例えば、医療についてなら、どっか体の不具合が生じた時、それを治すのは医者しか

ない、って感じたり、または、それに合う薬を探すのが一番、って考えたり、病は気

からだから、じっと我慢すれば治る、とか人それぞれが色々な対処をする。

医学、ってもんは実際には日夜進歩してるもんだから、最新の情報がタレントが出る

病気テーマのお笑いバラエティ番組で示されることもある。だから、ハナからそんな

たぐいの番組は見ないことにしてるし見る時間もない、ってような仕事熱心な人には、

その対象となる致命的持病への情報が届かない、ってこともありうる。

もちろん、インターネットで調べればいいんだけど、インターネットには、それに関

するあらゆる階層のデータが氾濫してるわけだから、その中から自分が一番信頼おけ

る大病院のホームページにアクセスするかもしれない。

ところが、大病院なら問題ない、ってことにならないのが、世の中の真理のありよう

であって、薬品業界との癒着で効かない薬を大量に使用してる事実が事件になったり

してる、それでも、ニュースなど見るヒマない人とか、それを聞いても、それはごく

一部の例外的出来事だろう、ってかたずけてしまう人には無意味になる。

もちろん大病院の西洋医学全体がだめなわけではないんだけど、それを自分の状況ご

とに選択する主体性を持った方がいい、って話なのだ。そのためには、先入観なしに

東洋医学の情報なども試してみるとか。

早い話が、高齢者にだれにでも起る腰痛や膝痛、テレビや病院なんかで、さかんに決

めつけてる手術やら高価なヒアルロン酸なんかの勧め、家人と私はそのどちらも、こ

りゃやばい、ってぐらいのがストレッチだけで治った。これはそれで治るはずだ、っ

て目でインターネット検索したおかげなんだけど。

で、おまけに、このしゅちょうの趣旨のたとえとしては、今都知事選で、細川さんが

原発廃止を第一に訴えてるんだけど、一方、舛添さんなんかが介護やオリンピックが

第一のように聞こえる訴えをしてるわけだけど、これは、順番がおかしい、ってこと

に気がつくか、気がつかないか、ってことでも自身のそのレベルが測れるだろう。




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