(憲法改正の危険性について)
憲法改正論者である安倍政権になって、このほどのアルジェリアでの日本人人質事件
などもあると、ほら、だから、自衛隊がきちんと武力行使して日本人を守る必要があ
るだろう、などと言い出すことになるだろう。
軍隊を持つことを必要だと考えてる憲法改正論者は、みな、「日本の憲法は米国によ
って作られた借り物であって現代の不穏な国際情勢には、合わなくなってきた」とか
「軍隊であるのに軍隊は持たない、って記述は矛盾がある」ので改正してそれを明記
するけど「戦争を肯定するわけではない、自衛のためだけの軍事権を明記するだけの
ことだ」って言うわけだけど、平和憲法で戦えない国になってる、ってことの方が、
いつでも戦えるふつうの国にする、ってことより価値があるんじゃないのか。
そう言うと、じゃ、いざとなった時に自国を守れない自衛隊じゃ困るだろ、って言う
わけだけど、困ることは全然ないのだ。だって、仮に、どっかの国が日本にいきなり
攻撃をしかけて来た場合、今の憲法のままだって必要な軍事行動はとれるのだ。憲法
に武力は使わない、って書いてあるから、手出しをせずにやられるままにしなくちゃ
いけない、ってことも書かれてはいないわけだし、自衛のための反撃をしたとしても、
正当防衛、ってことで、どっからも非難はされないだろう。
それより問題は自衛のためと言って軍事活動を明記すると、同じように自衛がどんど
ん拡大解釈されて、気がつくと、米国の後ろにくっついてってどっかの国に先制攻撃
してる、ってことにもなりかねないのだ。
近年の米国主導の欧米の軍事活動だって、自衛のため、ってことになってて、罪のな
い一般市民が何十万も殺されてるのだから。
欧米資本に食いちらからされた終りのない貧困やそういった理不尽に命がけで怒って
る層が、今回事件のイスラム過激派勢力なわけで、必要な武力行使、って論を認めた
ら、双方の武力衝突や戦争が永遠に終るはずがないのだ。
わが国の平和憲法はそういった、愚かな負のスパイラルから脱するための理想の憲法
であって、それは米国主導だったかもしれないけど、かかわった志を持った米国人と
日本人の合作による人類の叡智の結晶として大切にすべきものなのだ。
紛争する世界の実情に合わないから変えるんではなくて、戦争を放棄してすべての紛
争を話し合いで解決する、ってその理想に合うように日本以外の国々も日本憲法のよ
うに変えて行くべき、ってもんなのだ逆なのだ。
世界の実情に合わないのは憲法改正論者の勘違いと上滑りした短絡的発想の方なのだ。 |