2/7のしゅちょう 文は田島薫
(河村たかし市長のえらさについて2)
河村たかしさんが名古屋市民の過半以上の票を得て市長に再選された。恒常的な財政赤字
の中、自分の報酬をまず800万にし、議員報酬も半分の同額にし、市税を10%削減する、
って提案して議員全員からの反対に遇ってるわけだけど、春の議員選挙で立てた味方議員
で過半を取る考えのようだ。
市民の生活環境が悪化し、所得だって、一般市民のほとんどは減ってる、って状況の中で、
それを改善して行く義務がある議員たち自身の報酬が高いまま放置されてるのを、不自然
と見るのは当たり前のことのはずなのに、現名古屋市議会では、それを感じているのは河
村さんただひとりの模様。
ある市議はテレビレポーターの質問に、もし自分の報酬が800万にされたら、みじめだ、
って言った。じゃ、日本中の300万以下の報酬しか得てない大多数の労働者は自分のこと
をどう思えばいいんだ。中には、それさえなく、負債を背負って倒産した会社社長や失業
中の人も多くいる現状で、負債背負った組織の民間なら同じ憂き目に遇ってるはずの議員
が欧米に比べても2倍以上の高給もらいながら、それらの不遇な人々の生活改善を考えるん
ではなくて、自分の利益のことだけ心配してる。
財政予算の総額で考えたら議員報酬は財政の部分で言えばたいした額ではないのかもしれ
ないが、これは考え方の基礎ともいうべき大事な要素をふくんでいるわけで、この出発点
の問題を曖昧にしたまま、政治改革はできないのだ。それは、連合などの組合に気兼ねし、
国民全体の利益といった視点に矛盾を生じさせ、結局その自己利益心配議員と同じ過ちを
している菅民主党内閣一党のドタバタぶりに象徴されている。
そういうわけで、問題の本質をよくわかっているのは、抽象的なきれいごとを沢山並べる
菅首相より、セコイような報酬の話にこだわる河村市長の方なのだ。
そういった器である河村たかしさんには是非内閣総理大臣になってもらいたいものだ。
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