(政党ビラ配布有罪判決について)
5年前に立川市の防衛庁官舎へのイラク戦争反対ビラ配布で、市民団体のメンバー3人
が東京地裁で無罪になったものの控訴審の高裁では住居侵入罪の適用を受け最高裁で
は上告棄却にされ「常識人たち」は全員驚き、東京高裁と最高裁は世論の批判を浴び
たはずなのに、このほど、また同じようなビラ配布の同じような経過で有罪確定した。
今回は葛飾の共産党支持の住職が、一般マンションでそれをした罪で、自宅を強制捜
査され、逮捕から起訴まで23日間勾留もされたそうだ。
表現の自由を訴える被告に対し、最高裁判所の裁判官トップのはずの頭脳をして、マ
ンション管理組合でしてた出入り口のビラなどの投函を禁ずる旨の表示を、そのまま
根拠として、住居侵入罪としたらしい。
人がいやがることをしてはいけない、って言えば、それは賛同できる話ではあるんだ
けど、それはあくまでもその人に時間的空間的拘束を強いるものについてのことでの
はずで、ポストにビラを入れられたことが、どれだけの拘束を強いるというのだろう。
私なら、多少迷惑に感じたとしても、未知のもんなら好奇心でちょっとながめてから、
または、読まずに内容を知ってて賛同できないものならすぐに、どちらもただゴミ箱
に捨てればすむことだ。
それに、人は未知の話にはまず拒絶感を持つのは普通のことで、セールスマンが、人
になにかを買ってもらおうとして、相手の最初の反応ですぐに引き下がってたら仕事
にはなんないだろうし、時には少し強引にパンフレット押し付けたとしても、それだ
けで犯罪になるとしたらちょっと厳しすぎる社会のような気もする。
それでも、自分が生理的に不快に感じていることなどは、怒りを感じることもあるだ
ろうけど、それほど大騒ぎすることでもないだろうに。
しかし、ここで少し問題なのは、この年月をはさんだふたつの有罪に共通してるのが
政治的内容のビラだ、っていうことで、ただの商業的なビラだったら、日常的にやら
れてもこんなに大騒ぎはしなかったんじゃないか、って点だ。
言論の自由、ってものは、表現する側だけでなく、受ける側にももっと寛容さが広が
る世界の考え方なのだ。
自分と違う主張のようだったら、それはどんなもんなのか熟読してやろう、もし変な
箇所を見つけたら、相手をつかまえて反論してやろう、ってことを自在にやれるよう
な社会の考え方なのだ。
どうも日本の最高レベルのはずの裁判官の頭脳はまだ言論も不自由そうだ。 |