●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回は地方にもクセモノはいる、ってお話。



人は見かけによらぬもの

「日本海の真っ赤な夕日はね、ジュッと音をたてて海に沈むんだよ」

新潟県の海沿いに住む誰かが自慢をしていた。ならばそのジュッと音をたてる感動

の夕日と季節柄、月山の紅葉も見てしまおうと友人と出かけていった。

日没を見たのは日本海に面した海沿いにある由良温泉からである。宿の部屋で友人

とカウントダウンをする。どこまでも続く日本海の水平線に幾分ピンクがかった秋

の夕日が触れた瞬間、やっぱりジュッ、なのであった。赤く染まる海。それはすば

らしかった。夜のお日さまは海の中でお寝んね、なんて柄にもなくメルヘンチック

な気分になったっけ。

さて、ここからが面白い話。翌日、ついでに米坂線に乗って車窓からみえる紅葉も

楽しもうということになり、小国駅で電車を待っていたときのことであった。

ローカル駅らしく狭いホームにコスモスや菊が無造作に植えられ、絵に描いたよう

な田舎の駅。待っている人は殆んどいない。ペンキ塗りたてのような黄色いベンチ

が中央にあって、竹取の翁と媼のような老夫婦が陽だまりのなかで背中を丸めて座

っていた。その隣に私たちも座り20分待たねばならない電車を今か今かと待つ。

ホームがやけに短い。翁に「電車は何輌編成ですか?」と聞くと「2輌だ」とぶっ

きらぼうな答えが返ってきた。

退屈しのぎに辺りを見回すと線路の向こうにツタのからまった廃屋のような建物が

ある。

「ツタって見た目は綺麗だけど建物にはよくないのよね」私は友人に話しかけた。

「でも夏は温度を下げるので、省エネのため今見直されているそうよ」と友人。

「あの生命力ってすごいわね。たちまち家を覆ってしまうんだから」

そのときであった。突然あの翁がぼそっといった。

「まるで悪女に絡まれているようで嫌だよ」

えっ、ツタを悪女と見立てる!しかも、むっつり翁の口から!意外な発想の展開に

私と友人は目を見合わせ、1拍おいてどっと笑った。それからが大変。私たち女の

好奇心がフル回転。

「へー、ずいぶん絡まれたんですか?」

「まあな」

翁は済まして言う。思わず朴訥な好々爺の顔をまじまじと見てしまった。

「でも、女性に絡まれるなんていい思いしたじゃないですか」

「いや、めんこい女ならいいが、悪女はいかん」

私と友人はキャッ、キャッと笑った。

「おじいさんにとって、悪女ってどんな女のひと?」

「悪女の深情けってゆうがね」

「ずいぶんもてたんですね」

「昔の話さ」

「奥さん、ダンナがあんなことをいっていますよ」

媼にはなしかけると媼はあらぬ方をみて知らん顔。

「聞こえぬふりしているだよ」

と翁はまったく頓着しない。

人は見かけによらぬもの。この老人は昔随分奥さんを泣かしたんだろうな。今は

こうしてのどかに仲良く並んでいても心の中は背中合わせ。こんなのどかな片田

舎にも修羅場はあるんだ。だから人生は面白い。

電車がやってくると、老夫婦は連れ立って乗り込み、中でミカン食べていた。    


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