映画だ〜い好き        文は福原まゆみ


尾形映画プロデューサーの友人が仕切る映画制作会社で働く映画好き女史が
エッセーを連載してくれてます。
映画女史から、あの、原節子の存在感について。




【生誕100年の二人】


ご縁あってスタートした映画の話が、早いものでもう100回目となる。100と言えば

…今年生誕100周年を迎える大スターが二人。三船敏郎と原節子だ。二人が共演した

黒澤明監督作品『白痴』を思い出す。


原作は1868年(明治元年)に発表されたドストエフスキーの同名小説。映画では時代を

戦後、舞台を北海道に置き換えている。

主人公は、死刑を免れた際の恐怖から発作を起こし、「てんかん性白痴」と診断され

た亀田(森雅之)。純粋で善良な心を持つ亀田を、土地の有力者の愛人・妙子(原節子)、

傲慢な富豪の娘・綾子(久我美子)、強欲な乱暴者・赤間(三船敏郎)らが取り巻き、様々

な人間の愛憎劇が繰り広げられる。病んだ社会にひとりの聖人が降り立つと、どんな

化学反応が起こるか…。


本作を黒澤の失敗作だと評する人がいる。編集時点でかなりカットを要求されたため

か、ストーリーの補足に何度も字幕が入り、説明台詞も多い。その点は私も結構気に

なった。けれども酷寒のロシアを思わせる豪雪や美術セット、画面の構図、人々が上

下左右に動くダイナミズム…どれを取っても黒澤映画のエッセンスが感じられ見応え

がある。「降れば土砂降り」とよく言われるが、黒澤作品に半端なものはないのだ。

それは本作にも如実に表れていた。

そして何と言っても原節子!日本人離れした顔立ちは、眉の動きひとつでセリフに勝

る言葉を投げかける。あの『東京物語』の紀子がグロリア・スワンソンの如く見えた

瞬間、もうセリフはいらないと思った。黒マントを羽織った立ち姿の迫力に、黒澤が

実現しようとしたドストエフスキーの世界には原節子が必要だったのだと大いに納得

させられる。

おっと、世界のミフネに割くスペースがなくなってきた(長く続けるために原稿用紙2

枚だけと決めているため)。いつか『用心棒』や『椿三十郎』について書こう。100回

やってもまだまだ話のネタは尽きない。


※白痴と言う言葉は現在では不適切な表現ですが、制作当時の表記のまま掲載しました。
この様な人物をドストエフスキーも黒澤も、純粋で清らかな心の持ち主として、
世俗を離れた聖人の如く描いています。



『白痴』
1951年/166分/モノクロ/日本
監督/黒澤明
脚本/久板栄二郎、黒澤明
撮影/生方敏夫
音楽/早坂文雄
出演/ 森雅之、原節子、久我美子、三船敏郎、志村喬、東山千栄子、千秋実


戻る