●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの友人はショックだったようです。


先生と寿司を食べたの話


久し振りに高校時代仲良し四人組で会った。

卒業以来、食事会やら旅行やらと定期的に会っている古い友達である。気取らず、隠さ

ず、気の置けないのが楽しい。

そのとき、一人がこんな話をした。

彼女は同期生で歯医者をしているO君を主治医にしていて、先日、歯の定期検診にいっ

たところ、数学のT先生にばったり会ったのだという。

O君は出身校の校医もしているので、T先生は退職されても律儀に教え子の歯医者に引き

続き通っているのだそうだ。

先生はすでに91才。奥様を亡くし一人暮らしだが、かくしゃくとしていて、遠くからわ

ざわざ電車を乗り継いでかよってらっしゃる。

お互い治療が終わって、彼女は先生と寿司屋で昼食をとることになった。普段お昼は召

しあがらないと聞いて、

「先生、握りでしたら5〜6個たべられますか?」と彼女が聞くと

「ああ、今日は食べられそうだ」とおっしゃる。

注文を聞きに来た店の人にいうと、

「ならば握りのランチがお得ですよ」と勧める。

「うん、それにしよう」と先生がうなずくと、すかさず店の人が、

「奥さんもそれでいいですか?」といった。

彼女は一瞬(えっ!)と目を白黒。

「は、はい」

(まさか夫婦に見られるなんて…複雑…)

先生は顔色ひとつ変えずすましていたという。

この話を聞いた私たちは、

「年をとると歳の差なんてわからなくなるんだから、他人が見たらそんなもんよ。先生

は内心大喜びだったんじゃない」と笑った。

さらに彼女の話は続く。

「しかも、食事中の話題はもっぱら数学のはなし。『分数と整数の概念について最近の

教科書の説明は足りてないように思う。二分の四は2と同じではないのです。見た目に

は2に見えますけどね』ですって。まるで数学の講義なのよ。劣等生だった私にはチン

プンカンプン…」

そして、先生は話しながら食べているのでゆっくりでなかなか食事が終わらない。彼女

はときどき上目づかいで、ハア、ハアと相槌をうちながら寿司をムシャムシャ、さっさ

と平らげたそうだ。

「一体、先生とわたし、夫婦にみえるぅ〜!?」

彼女はぼやくが、私たちはT先生の真面目で緻密な数学の時間を思い出しながら大笑い

して、とてもいい話だと思った。


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