●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんと友人、切ない思い出を共有したようです。



思い出話


電話が鳴った。

いつもの幼なじみKさんからだった。

「今日は懐かしい話よ。中学時代のT君って覚えている? 巣ごもりで家の中を

整理していたらそのT君に関する記事が載った昔の新聞が出てきたのよ」

”T君”懐かしい名前だった。

中学1年のとき、T君とは同じクラスになり、彼と私は学級委員だった。ある日

の放課後、T君と私は担任の先生からガリ版刷りを頼まれた。

当時はまだ謄写版印刷で、T君がローラーを転がして刷り、私がその紙をめくる

役。まだ気心も知れないうえ、ちょうど異性を意識する年頃だったので、とても

ぎくしゃくしていてろくに話もしない。西日の差す教室で二人は黙々とやった。

ただそれだけのことだけど、私はそのときのT君の大人っぽく色白の上品な顔が

忘れられないでいる。

「そのT君が高校へ入ってまもなく亡くなったのは知っていた?」

とKさんが聞く。

「うん。大人になってから同窓会で知ったわ」

「じゃ、それがガス中毒だったというのは?」

「えっ、そうなの? それは知らなかった!」

「私は中学3年でT君と同じ組だったから、あの衝撃的事件に驚き、しかもそれ

が新聞にでたので、その新聞を切り抜いてとってお

いたのね。すっかり忘れていたんだけど、それがでてきたってわけ」

「へ〜、ずいぶん昔の新聞ね。で、その事件ってなに?」

T君は訳アリの母一人子一人の家庭で大変貧しかったそうだ。頭が良く、学区内

で最も偏差値の高い公立高校に入った。

そしてその年の2学期。狭い間借り生活の中で悲劇が起きた。

なにしろ古い家だったので、もろけていたガス管からガス漏れが生じ、T君親子

は亡くなったのだった。

親戚とは絶縁していたらしく葬式もできない。そこで、中学時代の担任が動き、

葬式には中学の同窓生が参列。その模様を美談として当時の新聞の記事になった

というのだ。

私はそれを聞いて胸が熱くなった。

「まるで映画『二十四の瞳』みたい! 担任はあの美術のW先生よね。とてもい

い先生だった! はた目からもあのクラスはまとまっていた感じだった」

「そう、人間味にあるいい先生だったから、私たちなんでも相談したし・・・」

そんな事件があったなんて知らなかった。それにしても余りにも遠い昔の話だ。

もし、T君が生きていたらどんな大人になっていただろう。

あれから、私たちは数倍も生きてその間、さまざまな経験をして今がある。

なんだかこの話を聞いて、どんな人生にせよ、いままで生きてこられたことに感

謝しなければと思った。


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