●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんが参加してるグループ展で感じることなどの2。



展覧会の客 その2


彼女が展覧会場に現れたときアレっと思った。

何かいつもと雰囲気が変わっている…

黒いロング丈のワンピースにやはり黒いレースのボレロ。耳には長いイアリング…

化粧こそ濃くはないが、なんだか妖艶である。

普段はごく地味で一目で主婦といった佇まいなのに…

壁に多くの絵が並んだ静寂な雰囲気のギャラリーではちょっと場違いな感じ。

どうしたのだろう。

彼女とは結婚してから通い出した洋裁学校で知り合い、彼女は妊娠を機に辞め、その後

もずっとつかず離れずに交友関係が続いている。

性格は微妙に違うが、考えること、志すことがよく似ていた。

人生の節目で立ち止まったとき、私は必ず彼女と比較していた。

そして60才を過ぎた頃、彼女はシャンソンを習い出し、私は絵を習い出した。もともと

彼女は音楽志向だったのだが、愛を歌い、恋を歌い、人生を歌うシャンソンの物語性は

彼女にぴったり合ったようだ。

そして1カ月ほど前、私は何度目かの彼女のシャンソン発表会の通知をもらっていた。

ずっとお互いの趣味の成果を見届けることになっていた。

そこで私はハハーンと思いあたった。

今彼女は10日後に迫ったリサイタルに向けてすでにシャンソンモードに入っているのだ。

別人のような妖艶な印象なのは、歌の主人公の役作りのようなもので、心はすでにステ

ージに立っているのかもしれない。

一度歌ったら消えていく目に見えない音の世界で、やり直しのきかない一瞬のために万

全の準備をしているのだろう。

なんとストレスのたまることだろう、と思う。

表現する行為は同じでも歌と絵では似て非なるもの。

私の絵を描く行為はむしろストレス解消で、しかもやり直しがきくのである。

どんな趣味を選ぶかは人それぞれ。

趣味はその人の隠れた本性が出てくる。

普段見せない業のようなものが出てくる。

いずれにしてもどんな困難があっても、やらずにはいられないつきあげるエネルギーの

ようなものであることは間違いない。


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