●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんが参加してるグループ展で感じることなどの4。



展覧会の客 その4


展覧会の常連客だったが、ここしばらく姿を見せなかったBさんが久しぶりに姿をみ

せた。

仲間から「やあ、しばらくですね。お元気でしたか?」「お忙しかったんですか?」

「久し振りのせいか、なんだか雰囲気が変わったみたい」などと質問を浴びせられて、

Bさんはニコニコしながら2枚の名刺を見せた。

見ると、Bさんはもともとある学校の講師なので教師の名刺が1枚、もう1枚はヒュー

マンという言葉の入った団体名が印刷されていた。

「というわけです。つまり、定年後に向けて活動を広げてね、ちょっと忙しかったも

んで・・・」

ちょっと照れながら言った。

「へえ〜、そうなんですか? 定年退職したら好きな山登り三昧じゃないんですか?」

との質問に、

「教師をしていると意外と世間が狭いんですよ。何しろ教室の中では生徒相手にお山

の大将ですからね。そしてなんと趣味の山登りもマイペースで登って文字通りのお山

の大将なんですよ。これではいけない、世間を広げるため、別の経験をしようと思い

ましてね」

「で、それはどんな活動なんです?」

「ま、一言でいえば副業ネットによる人材派遣ですね」

副業と言えば“二足のわらじ”という言葉がある。

日本ではとかく“この道一筋”というのが高く評価されていて、二足のわらじを履く

ことはマイナスイメージであった。

Bさんによると、最近ちょっと働き方の様子が変わってきているという。

今まで殆どの会社は社員のアルバイト禁止だったのだが、その規制が緩んでだいぶ自

由になったとか。それに異業種交流というのも盛んになって、そこでビジネスチャン

スが生まれることもある。

これからはBさんのように二つの名刺を持つ人が増えていくだろう、という。

その効用は、会社と違った研究や活動に参加すると、視野が広がり自分を豊かにする、

同時に別の体験が本業の仕事にプラスに働く、というわけだ。

やりようによっては、二枚目の名刺の方が本業になる可能性もある。

あれもこれも体験して、自由にそれを発信できる多様性のある社会はすばらしい。

そこまではみんなホーという感じでBさんの話を聞いていた。

だが、そこからBさんの口がすべった。

「これからはカルチャー趣味だけではだめなんです。創造性を活かしたビジネスまで

に高めなくては・・・」

この発言でみんなはちょっと複雑な顔になった。

ここは、売れない絵が飾ってある展覧会場、ビジネスや名刺とは対極にある場所なの

である。


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