●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、巷での見聞きを話にしましたシリ−ズ 4の2
シリーズ 男模様女模様
ある葬式2
男は亡くなった妻の遺言に従い葬儀に全力を注いだ。
実は男にも誰の目にも立派な葬儀だと言われたい、と思う強い理由があったのだった。
男は盛岡の豪農の長男で跡を継ぐ立場にあったのだが、地元の大学に通っていたとき、
東京から農業研修で泊まりに来ていた女学生、つまり亡くなった妻と知り合い、恋に落
ちて、ついに駆け落ちをしたのである。
もちろん親、弟妹、親戚は男を許さず、勘当同然の扱いだった。
「代々続く名家の土地を守らないで、勝手な真似をしよって…罰当たりめ…」
「うぶだったから、東京のすれっからしに誘惑されたんだろう」
「どうせ東京で惨めな生活をしてるに決まってる」
ずっと故郷ではそんな目で見られていたのだった。
そして時は流れた。
やがて、両親は亡くなり親戚の長老も亡くなり、男の過去は水に流され、今の立場も認
められるようになって、弟妹、従妹たちとも少しずつ行き来するようになった。
すると、男は今まで自分を否定し、見下した人々に復讐したいような鼻をあかしたいよ
うな気持になるのだった。
自分もやがて死ぬだろう、そのとき幸せな人生だったと思いたいし、身内や世間からも
そう思われたい。そうだ、妻の葬儀に盛岡の親戚たちの多くを呼ぼう、故郷を捨てた自
分たち夫婦は決して惨めではなく、東京にしっかりと根付いて社会的にも認められた存
在であったことを知らしめよう、男はそう思ったのだった。
そのためには立派な豪華な葬儀ではなくてはならない。
男は葬儀社を呼び、綿密に打ち合わせをし、妻の遺言通り茶道教室の2番弟子の××さ
んに弔辞を頼み、1番弟子の○○さんには、いままで在籍していた弟子たちに葬式の日
取りを連絡し、出席するよう呼び掛けてもらった。
葬儀社が、会葬者は何人ぐらいになります? と聞き、身内親戚、お茶の関係者、弟子
たち、友人など100人ぐらいになるだろうというと、ほう〜と驚いていた。
さて当日、お天気にも恵まれ、男の心づくしの葬儀は豪華な祭壇もさることながら和服
に身を包んだお茶関係者の列が目を引いた。
2番弟子の××さんの師匠を偲ぶ弔辞もそつなくまとめられ、満足のいくものだった。
ところが、男は弟子たちの列席者が予想よりも少ないと感じた。当然来るはずの弟子が
来ないのである。
連絡を頼んだ2番弟子の○○さんに問いただしたが、すべて連絡しましたが…の一点張
り。ところが、後日、なぜ知らせてくれなかったのか、という問い合わせが数件来て明
らかになった。
1番弟子の○○さんが連絡を調整したのだった。
○○さんには、最古の弟子であり、あまり歳の違わない師匠を支えたという自負があっ
た。当然、弔辞は自分が読むべき立場である。それが2番弟子にとられ、面目丸つぶれ
その屈辱が許せなかった。屈折した嫉妬が働いた。
そこで葬儀の格下げをもくろみ、わざと頼まれていた大方の昔の弟子たちに葬儀を知ら
せなかったのだ。
男は地味で控えめな○○さんの顔を思い浮かべた。今でもとてもそんなことをするとは
信じられない。
格式を重んじるお茶の世界。そこに生きる女たちのプライドや執着を読み間違えると大
変なことになるだと知った。