思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、過酷な旅から帰還のようです、エピソードその24。





モロッコへいってきた

バスの窓から「きょうもマラケシュ その3」





「どうして夕べはここに上がらなかったのだろう。広場の夜景が撮れたのに…」と、まだ未練が

ましくフナ広場を見おろしていると、Hさんがやってきて「そろそろ出発したいと思いますので

下へおねがいします」と言った。これから旅行会社の目玉のひとつ、観光馬車に乗ってホテルに

帰るのだ。

朝から「きょうは馬車に乗っていただきます」と、さもすばらしいイベントが待っているように

Hさんはくりかえしていた。観光馬車はフェズ、イフラン、メクネスと車上の観光客が見世物の

ようになって走っているのを見ている。ここマラケシュでもおなじだ。どうせバスで走ったとく

べつおもしろくない道をホテルまで走るのだろうと高をくくっていた。広場のはじに止まってい

る観光馬車を指してHさんが、「ここは馬車を入れてはいけないところなのですが特別に入って

もらいました」と誇らしげにいうが、なにをはりきっているのだろうと冷やかに聞いているそば

で、オバサマ方が「わっ、すてきな馬車」とさわいでいる。女性というものはいつまでもお姫さ

ま気分がぬけないらしい。

一台に4人、勝手に乗ることになった。なんとなく砂漠往復のとき4輪駆動車で一緒になった夫

妻と乗った。旦那の方はもの静かな人だがときどき辛辣なことをいう。砂漠で奥さんに「そんな

に砂をとってどうするんだ」と言った人だ。奥さんは社交的でテバちゃんとは話が合う。

ガイドをふくめて6台の馬車行列は、ホテルに行く道と反対の方角、メディナの市街地にむかっ

て走り出した。いままでなんどかその名を書いていながら説明をわすれていた。メディナとは、

城壁内にある市街地のことで、スークとはその中にある市場、商店街のことをいう。馬車はひろ

い道に入った。広いといっても舗装された道路は2車線分くらいしかなく、その両側に空き地が

ひろがっている。こんなに広い道があるのは、もともとの都市計画がそうなのか、フランスが統

治時代に広げたのかわからない。いつも肝心なことを聞き忘れてあとでこまっている。道の両側

は商店街になっているがあまり活気はなく、そのまえに広がる空き地にあらゆる日用品を売る露

店が市場のような形をつくっている。


馬車の座席は、バスほど高くなく窓に閉ざされているわけでもない。まわりに行きかう人々より

少し高めに露出した座席は土地の人にまざりあっているような気分にさせてくれて、ほどよい空

気感をつくってくれる。人ごみをかきわけるようにして走る馬車にたいていの人は無関心だが、

笑顔を向ける人、ピースサインをする人もいる。なかには馬車の上からカメラをむけるのを睨み

つける人もいた。広い道もおわり、つきあたりにある二重の城壁にかこまれた王宮の敷地内に入

った。ここは代々の王朝が宮殿をかまえたところだ。代々の王の墳墓群もあり現王朝の宮殿は三

重の城壁のなかにある。

高い塀にかこまれてまがりくねった石畳の上を走る馬車は、やわらかいスプリングのおかげで心

地よいゆれをつたえてくる。やがて馬車は高い塀にはさまれたせまい道に入った。ここは風の道

とよばれ砂漠のなかに屏風のように高い塀をつくることによって風をおこす。ビル風とおなじ原

理だ。こうして昔の人は涼をとっていたのだ。風の道がおわり門をぬけるとホテルわきの普通の

道にでた。もうすこしで馬車ともおわかれだ。いまごろになって馬車のよさがわかってきて今回

の旅行にいい思い出をつくってくれた。ホテルに着くとほとんどの人が名残惜しそうに馬車を後

ろにして記念写真を撮っている。

Hさんが「部屋にもどらずにこのまま夕食にします」というのでレストランにむかった。ここで

問題がおきた。たった30分であったが夢の世界を楽しんだ総仕上げに、だれもが冷たいビール

を期待していたはずだ。ところがこのホテルのオーナーが厳格なイスラム教徒であるためにラマ

ダン中はアルコールを出さないと言う。がっかりした面々は目の前のおいしい料理もひと味おち

たことだろう。


食事もおわり広い中庭のなかにあるプールサイドを歩いて部屋にもどった。このコースは廊下を

歩く半分の距離で部屋に行かれることを今朝発見した。部屋にもどってまた問題がおこった。テ

バちゃんが着替えのために買ったTシャツが小さくて着られない。いそいで汗になったシャツを

洗濯したが部屋の造りが高級すぎてハンガーをかけるところがない。さんざん苦労をして杖を使

って干す場所ができた。明日は出発なので荷物の整理をしたらもう9時半、いそいで風呂に入る

ことにした。

食事でアルコールが出なかったので湯上りに乾杯をすることにした。あるのは、350ミリの缶

ビール一缶と飛行機の中から持ち歩いていたワインの小瓶が一本。今日の収穫を祝うには貧しい

風景だが、二人でそれぞれを半分ずつ飲んで眠りについた。あす一日で旅もおわりだ。


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