思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、過酷な旅から帰還のようです、エピソードその18。





モロッコへいってきた

バスの窓から「怪電話の謎は…」





数十個のアンモナイトの化石を乗せて、重たくなったバスは出発した。

これからカスバ街道を走って高アトラスのすそ野にある都市ワルザザードに向かうのだ。

バスは雄大な砂漠をあとにしてふたたび土漠のなかを走る。30分ほど走ると「砂漠の地

下水路を見学します」と、影ひとつない気温36℃の炎天下にほうりだされた。地下水路

というのでトンネルの中にでも入るのかと思っていたら高さ5メートルくらいに土を盛り

上げたところに案内された。天辺には鳥居の形に組んだ丸太が立っていて、横棒のまんな

かに滑車がついている。これを見て思いだした。砂漠の地下水路とは、高い所にあるオア

シスから直径1メートルにも満たないトンネルを手掘りで掘ってきてところどころにこの

ような水の汲み上げ口をつくって井戸にする。この竪穴は汲み上げ口であると同時にトン

ネルにたまる土砂をとりのぞくための穴でもある。まっくらな中、背をかがめてトンネル

内を掃除する姿を想像しただけでもおそろしい。この作業は昔どころかいまでもおこなわ

れている。ただし近年灌漑用水路が整備されて使われなくなったところは、こうして観光

施設になったものもおおいとか。


バスはオアシスの中にあるカフェのような店の前に止まった。次の下車場所はだいぶ先に

あるトドラ渓谷のはずなのにおかしいなと思っていたら、Hさんが「ここでおいしいヤギ

のミルクをめしあがっていただきます」とアナウンスした。ヤギのミルクと聞いたとたん

敗戦すぐのころ疎開先で飲んだヤギの乳のことを思いだした。けしておいしいものではな

かったが、脂肪分に飢えていた身体にはまちどおしいものであった。木々にかこまれた店

は、ひろい木製のテラスのかたすみにカウンターのついた小屋があるだけの簡素なものだ

った。小屋のなかでは主人がひとり大急ぎで20人分のミルクをグラスにそそいでいる。

グラスをうけとるためにカウンターの前にあつまった全員をまえにして、「昨夜はみなさ

んにご迷惑をおかけしました」とHさんが話をきりだした。「昨夜寝ておりますと、廊下

をバタバタと走る音がしてドアをドンドンとたたかれて目がさめました。あれ、寝坊して

みなさんを起こす時間が過ぎたので教えにきてくれたと思ってあわててみなさんに電話を

してしまいました。ほんとうにご迷惑をおかけしました。そのおわびの印にこのあたりの

名物のヤギのミルクをご馳走させていただきます。ここのミルクはほんとうにおいしいで

すよ」と頭をさげた。

ミルクのはいったグラスをうけとると気持ちのいいテラスに行って好きなテーブルにすわ

ったとたんに怪電話の話しがはじまった。なかにはなんのことかわからずキョトンとして

いる人達がいる。そう、Hさんは電話の途中で間違いに気が付いて全員に電話をしたわけ

ではなかった。

まわりから聞こえてくる話を聞いていると、電話で起こされたけど時計を見るとまだ2時

なので間違いだと思って寝ちゃった。すっかり砂漠に行く支度をしてロビーへ行くと真っ

暗でだれもいない。しばらく待ったけど誰も来ないのでまちがえたと思って部屋にもどっ

た。時計を見て変だと思って電話をかけたら「まちがいました」と言うだけで詫びの一言

もないと怒っている人、寝ぼけたんじゃねぇのと皮肉を言う人と、人さまざまであったが

得をしたのは電話がかかってこなかった人たちだ。直接Hさんに文句をいう人もなく、み

な大人の対応で笑い話にしたあと、グラスを返しに行きながらHさんにかけた言葉は「H

さん、また間違えてよ」だった。



10/24/さぬがさんよりコメント
「 数十個のアンモナイトの化石を乗せて、重たくなったバスは出発した。
これからカスバ街道を走って高アトラスのすそ野にある都市ワルザザードに向かうのだ。」
こういう表現って好きだなあ・・・・


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