●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんも一部お手伝い(?)、やせさせる商売の話。



シリーズ 肥満が不満 1


食欲の秋である。

太りたくない女性にとっては、恐ろしい季節。

私には「やせる」という言葉に強く反応してしまう経験がある。


時はバブル経済華やかし頃、パソコンも普及しておらずネットなど存在しなかった頃、

世には広告満載のミニコミ誌が盛んに発行された。

私はその世界でフリーのリポーターをしていて、ある痩身教室の会員向け月刊情報誌を

担当することになった。

その教室の正式な名前は「アイデアル・スレンダー・クラブ」。

長ったらしくて野暮ったくてちょっと笑えそう。

パンチパーマに口ひげという得体の知れないような社長がこの会社名の由来を言い訳の

ように説明した。

「キミね。よくスマートというとやせてカッコイイことをいうけど、英語の本当の意味

は違うんだよね。体が細いという意味には正しくはスレンダーという。それでウチは理

想のプロポーションを磨く、ということで社名にスレンダーを入れたってわけよ。会員

向け情報誌もズバリ“スレンダー情報”というのはどうかね」

得意そうに語る社長は、見かけによらず、一途で愛嬌があった。

私はおずおずと反対した。

「お言葉ですが、スレンダーなんて言葉はまったく日本ではまったく馴染みがありませ

んので、広告には使えないと思いますけど」

すると、社長は意外にも素直で、情報誌の名は私の提案した“スリム・スリム”をすん

なり採用してくれた。

よく考えると、「やせる」「美しくなる」は同義語のようにセットになっていてイメー

ジだけがふくらんで、実際はちょっといかがわしい。大体、当時美容外科と痩身の広告

は、権威あるメジャーの新聞広告では扱ってくれないのであった。

そこでマイナーなミニコミ誌の独壇場なのだが、誇大広告にならぬよう気を付け、ある

ときは夢のある言葉を使い、女心をくすぐり、あるときは叱咤激励し、そして本当に美

しさが実現できるような気にさせなければならない。

やせることは意外とむずかしいのだ。

幸い、そのクラブは懇切丁寧な運動療法と食事指導という理にかなった正統派の痩身教

室であった。

ところがあるとき、企画会議での社長の発言には驚いた。

「このクラブの会費は肉1キロ減量するのに6000円に設定。減量目標は本人に決め

てもらい、出来高制で納めてもらう」 

なんとえげつない表現! 肉屋じゃあるまいし・・・ 

10キロやせるのに60000円とは高いのか安いのか私にはわからないが、なんだか

肥満で苦しむ人々を食い物にして稼ぐとんでもない会社のような気がして私は悩んだ。

だが、その社長はクラブに託児室を設けたり、トレーナーにハンサムな男性を採用した

り、会員の中から美しく痩せた人をスリム・ヴィーナスとして選んだり、広告に漫画

『ヤセ子さん、デブ子さん』シリーズを入れたりとなかなかのアイデアマンだった。

お蔭で会社は急成長を遂げた。           

  (つづく)


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