●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、友人知人たちのことを思いました。



初詣三昧


今年の正月、なんだか私の周囲には闘病している人が多かった。

あまりめでたい気分にもなれず、そこで、日頃不信心な私なのにやたらと神社仏閣へ初詣

にでかけたのだった。

お決まりの“困ったときの神頼み”というパターンだ。

そんな思い付きの行動なので当然不節操で、神も仏も一緒くたにである。

まずお使いのついでに公園プールを囲む遊歩道の一角にある小さな弁財天に。

そこは一応地元の七福神めぐりのコースに入っているので、お正月にだけ賑わい、普段は

ほとんど忘れられた場所である。

芸事の神様である弁財天に果たして病気快癒にご利益があるのだろうか…でも一応拝む。

次はこれも地元の八幡様。

ここは高台にあり、こんもりした森の中でいかにも鎮守様の風情。

元日にはお神楽も披露される格式ある神社なので本命だ。もちろんお賽銭を弾んだのはい

うまでもない。

さらに駅前のお寺。

年中葬式の立て看板が立ち、葬祭場が本業なのかとみられるお寺だが、最近、葬式仏教を

反省したのか、開かれたお寺として地元の人ために盆踊りやジャズフェスティバルを開催

するなど、急速に存在感をだしてきた。

ここも馴染みのあるお寺なので参拝は欠かせない。

そして最後は、以前から行ってみたかった九品仏浄真寺。

東急線の自由が丘駅から大井町線で一駅だ。

ローカルな駅を降りると、すぐ横に東海道松並木のような参道が伸びて、ワクワク感をそ

そる。

境内に入るとかなりの広さがあり木も多くとても都心とは思えない。

木は落葉樹が多く今は裸木となって寒空に枝を伸ばし、弱弱しい冬の日差しを通している

のがいかにも冬枯れといった風情である。

正月も半ば、ほとんど参拝客はおらず静寂につつまれていた。

環境といい、木立の中のお堂といい、風神雷神を従えた仁王門、彫刻を施した立派な鐘楼

といい、有難味がじんわり湧いて願い事成就の期待に膨らんだ。

奥に進むと、下品堂(げほんどう)中品堂(ちゅうほんどう)上品堂(じょうほんどう)

の3つのお堂があり、それぞれ3体の阿弥陀様が鎮座しており、これが九品仏の由来なの

だろう。

ただ、阿弥陀様はなんだか新しい制作なのか色を新しく入れたのか、生々しくでっぷりし

た大きめなので残念ながら私の好みではない。

それにいったいどの阿弥陀様が本命なの? それぞれ役割分担があるの? なんて無知丸

出しの疑問も湧いたのだが、ま、いいか、とにわか信者はすべてに手を合わせた。

お参りの後、おみくじを引くと中吉。これもま、いいか、納得。

ふと、“めでたさも中ぐらいなり おらが春”という一茶の句が頭に浮かんだのであった。


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