●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、ブラジルの楽天気質のようなものに一度、憧れたようです。



オリンピックが終わって


今年の8月は猛暑と台風とオリンピックと終戦記念日で終わったような気がする。

テレビをつければオリンピック報道一色だったので日頃無関心な競技でもつい観て

しまった。開会式も閉会式もすばらしかったし、日本選手の活躍ぶりもすごかった。

そしてもっとも感心したのは、あれほど開会前はブラジルの政治、経済、治安、ジ

カウイルスなどに不安があり、果たしてちゃんと開幕できるのか、抜かりなく運営

できるのかと危ぶまれていたのに無事見事にやり遂げたことだ。

日本人の几帳面さとは対極にあるようなブラジル人の楽観性と最後にはなんとかつ

じつまを合わせる能力に拍手を送った。

競技の合間にリオデジャネイロの街の様子がテレビに映ると、遠い昔のことが思い

出された。

結婚前、私は某総合商社の通信課に勤めていた。まだ、パソコンはなく大きなコン

ピューターとテレックスの時代であった。世界中に散らばって仕事をしている駐在

員から電報が入り、それを各担当の課に仕分けするのが仕事である。

私は中南米の地域を担当していた。国土が広いブラジルには、首都のブラジリア、

商業都市リオデジャネイロ、日本移民が多いサンパウロ、北東の海岸に位置するサ

ルバドール(バイーア)などに駐在員がいた。

ブラジルに商社マンが跋扈していたのは豊富な天然資源が多いのと成長期の国だっ

たからだった。

あるとき、サルバドールの事務所が襲われたという電報が入った。前代未聞である。

幸い駐在員は無事だったが、かなり治安が悪いことがうかがわれた。

そしてまもなく、サルバドールの駐在員が日本に一時帰国。滞在の忙しい合間をぬ

って仲間内の無事の帰りを祝う会があり私も誘われた。

精悍な雰囲気の彼はその席で、雑踏を100メートルも歩けば必ずスリに会うこと

や、夜の暗がりにナイフで脅かされたことなど面白おかしく話す。そして犯罪に走

るのは貧困もあるが、この結果がどうなるのかなんて考えない、刹那的な気質のせ

いなのだと分析した。

海外勤務は沈着さと順応性がないと務まらない。

彼は強盗に襲われたことにまったくめげているどころか、あんなに毎日がスリルに

満ちて面白いところはない、と言ってむしろ懐かしんでいた。

そして、最後に「ソラメンテ・ウ・ナ・ベス」を思い入れたっぷりにポルトガル語

で歌った。

そのとき、私はつくづく男に生まれたかったと思ったのを覚えている。


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