●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんが見た世間の人々の諸事情(?)シリーズの13の2。



世間話シリーズ

転落2


デパート、駅ビル、商店街、街には高級ファッションの店が溢れている。

その後も彼女はあれこれと派手な服を買いあさった。家に帰ると大きな姿見の前に立ち、

ファッション雑誌のモデルのようにポーズをとってみる。外へ着ていく勇気がなく家の

鏡の前でとっかえひっかえ着てみるだけなのだ。

それでも自分がどんどん美しく洗練されていくのを見るのは嬉しかった。まるで美味し

いものを食べ続けると、舌が肥え、まずいものには手が出ない美食家のようなものだ。

だが、それは女にとって一つの罠のようなもの。もっともっと美しく、他人よりも高級

なものを身につけたいという欲望の罠だ。

あるとき、高級ブティックでベルトやアクセサリーなどをすべてディスプレイされたマ

ネキンがあった。上から下まで完璧にコーディネートされたファッション、そっくりす

べて欲しかった。だが、彼女は服飾やエステにお金をつぎこみ、もう蓄えが乏しい。

あたりを見まわすとレジの一人は書類に目を落とし、二人の店員のうち一人は後ろを向

いて何か探しているようで、もう一人は“いらっしゃいませ”といったまま服をたたむ

ことに専念している。誰も彼女を気にしている様子はない。ご自由に見てくださいとい

う雰囲気だ。

すると彼女はサッとマネキンのアクセサリーを抜いてバッグにすばやく入れ、すぐその

店を離れた。万引きをしたのである。

この初めての万引きに成功して、彼女は棚に置かれた服やぶら下がっているアクセサリ

ーや小物のバッグなどをたびたび盗むようになった。

だが、相変わらず決して外を出歩くときは派手なものは身に着けない。地味な流行おく

れの服で、目立つことはなかった。

家の中という誰も見ていないところで自己主張しているのだった。

それは彼女の頭のどこかで昔の彼が言っていた、頭がからっぽなほど洋服で勝負する、

という言葉が残っていて、その彼に腕をからませていた派手な女とはちょっと違うのだ

という彼女の中のささやかなプライドなのだ。いや、抵抗かもしれない。さらに、出る

とこ出れば外見では誰にも引けはとらないわ、という自信と満足感に支えられている。

そしてある日、何回目かの万引きをしたとき、彼女は迂闊にも後ろに回っていた店員に

気がつかず、ワゴンにあったブラウスを小さく丸めて紙袋に入れた途端、手をつかまれ

た。あっと驚いたときは遅く、現行犯逮捕された。(了)


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