●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんが見た世間の人々の諸事情(?)シリーズの3。



世間話シリーズ

あぶない、あぶない


電話が鳴っている。

台所にいたKばあさんはエプロンで手を拭き拭き、急いで受話器をとった。

「もしもし」

「あっ、ぼく、マサシだけど」

息子の名前だ。

「おや、どうしたの?」

「今日、母さん家にいる?」

「ああ、いるよ」

「ああ、良かった。後で警察からそっちに電話がいくと思うんだ。僕の名前を言うからそ

したらウチの息子ですって言って、用件を聞いといてくれる?」

「何があったの?」

「僕の声、ちょっと変でしょ? 昨日から風邪をひいちゃってさ。熱もあるし、つらいの

で出勤前に近くの医者に診てもらおうと寄ったんだ。そのときさ、呼ばれて診察室に入る

とき、ボーとしてたんだね、待合室に鞄を忘れたまま入っちゃってさ、出てきたらもうな

かった。それで、受付の人に言ったら警察に届けてくれっていうんだよ。鞄には僕のケー

タイやら会社の書類やら大事なものがいろいろ入っているんだ」

「あら、まあ! それは災難ね……それで風邪の具合はどうなの?」

「風邪なんかもうどうでもいいんだ。それより鞄が見つからないと大変なことになる。母

さん助けてよ。300万の会社の小切手が入っていてね、失くしたら会社くびになる」

小切手と聞いてKばあさんはちょっと違和感を持った。いまどき、会社が小切手なんか使

うのかしら……

「それで、どこの警察へ届けたの?」

「えっ、ああ、戸塚警察署」

「戸塚警察署? なんで戸塚警察署なのよ。マサシの住んでいるところからだいぶ離れて

いるじゃない」

Kばあさんはまたまた違和感を持った。

「あっ、戸塚警察署っていう名前じゃなかったかもしれない」

「でも、そこで届け出の書類をつくったんでしょう。覚えてないの? おかしいじゃない」

Kばあさんが言うと、電話は一方的にぷつりと切れた。

受話器から聞こえるジージーという音を聞きながら、ああ、今のはオレオレ詐欺だったん

だ、と気がついてKばあさんはその場にへたり込んでしまった。きっと後から警察と名乗

る男から電話がかかり、きっと小切手の金額の現金を要求されるのだろう。あぶないとこ

ろだった。


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