●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんが見た世間の人々の諸事情(?)シリーズの4。



世間話シリーズ

あなたならどうする?


67才になる彼女はユーウツであった。

この歳になって孫の世話に明け暮れる生活が始まったのだ。それももっとも手のかかる乳

児だ。

大体、孫というものは“来てうれし、帰ってうれし”の存在なのに……

息子も家庭をもって独立し、夫も定年を迎え、ようやく時間的にも金銭的にもゆとりがで

きて、これから趣味三昧、旅行三昧で過ごそうと張り切っていた矢先なのに……

そんな彼女の老後の夢が突然壊れたのだった。

その理由はなかなか深刻である。息子の嫁が重い乳がんに罹ったのだ。当然治療に専念す

ると思っていたら、嫁は子供を産みたいと言い出したそうだ。

その理由とは

「産んだら自分はすぐ死ぬかもしれない。まして子供を産んでも自分では育てられないこ

とはわかっている。でも、どうせ死ぬのなら自分の生きた証として子供を産みたい。自分

の分身がこの世に生き続けていてほしいから」

なんと無謀な! と彼女は思う。

生きた証として子供を残したい、それはなんと自己愛に満ちた言葉だろう。仮に産んだと

しても、現実問題として、息子は仕事があるから育てられないし、誰かに育ててもらうと

しても子供は片親として育つことになる。いや、息子はまだ若いから仮に嫁が死んだら、

再婚するかもしれない。子供はどんな運命を辿るのだろう。それで果たしてみんなが幸せ

になるだろうか。

息子も治療を優先すべきだと主張する。だが、嫁は最後の願い、一生の願いだと譲らなか

ったという。

それでまず直面するのは、一体誰が育てるのか? である。

嫁の両親はすでに他界しているので、当然、頼るべきは祖母である彼女のところだった。

結局、押し切り、嫁は赤ん坊を産み、彼女に小さな命を預けた。

経験があるとはいえ、高齢の彼女はその大変さに音をあげて、誰彼になく問うているのだ。

「あなた、どう思う? 自分の生きた証のために子供を産むっていう嫁の発想どう思う? 

自分で育てられないのに……母親のいない子供になっちゃうのに……他人の老後の愉しみ

を犠牲にして……普通産むかしら? 献身ってうつくしいかしら? 家族ってなに?」


戻る