●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、川の流れと一緒に、もうひとつ別の流れも見たようです。



川縁にて


公園のはずれの遊歩道になっている川縁を歩いていたら、かすかに雷の音がした。見上げ

ると青空の部分を呑みこむように黒い雲が広がってきている。

一陣の風が吹いたと思ったら、ポツリポツリ雨が降りてきた。

ビルの向こうはキラキラと夏の光を反射している真っ青な空がまだ残り、雲が盛んに動い

ている。これは通り雨。ちょっとやり過ごせばまた晴れるだろう。

どこか雨宿りをと見回すとT字形の屋根付きのバス停のような形の休憩所がある。しめた! 

とそこに駆け込んだ。

同じように散歩をしていたらしい車いすに乗った老婦人とそれを押していた息子さんらし

い中年の男性も駈け込んで来て、並んで座った。

忙しい日常の中で雨宿りなんて久しぶりだ。普通だったら強行突破だけど。

樹に囲まれた水辺は心が落ち着く。遣らずの雨を降らせた天に感謝しよう。

目の前の川は川幅が20メートルぐらいで、ほとんど流れがなく、灰色の帯のようだ。川

は大粒の雨を受けて小さな穴をつくり、模様となった水面からときどき魚がはね、白サギ

のような鳥があわてたように掠めて飛んでいく。

こんな都内のありふれた川が生物を育んでいるのが意外だった。

対岸は車の行き交う道路とビル群で、都会の風景が広がっている。が、見ているとその手

前に細い生活道路があるらしく、盛んに自転車が行き交っていた。

突然の激しい通り雨をものともせずにママチャリが行く。

雨宿りなんかしている暇はない母親たち。

幼稚園へ子供を迎えにいかなければ…赤ん坊を置いての夕食の買い物なので、早く帰らね

ば…子供をお稽古ごとに送り迎えしなくちゃ…あれもこれもやることがいっぱい…

忙しい母親たちの気持ちが手に取るようにわかる。

自転車の前かごにトイレットペーパーを積み、後ろに子供を乗せて髪振り乱して走り回っ

ていた昔の自分を思い出す。愛する者のために体を動かすことはちっとも苦にならなかっ

た。あの頃は気持ちが張り切っていて疲れなど感じない若さがあった。

川を挟んだこちら側の人々にはゆったりした時間が流れている。差し迫ってしなければな

らないことはない。空を見つめ、川を見つめ、越し方を思いながら、他人のことよりもこ

れからの自分の始末を考えねばならない。

お隣の老婦人と息子は言葉少なに通り雨をやり過ごしていた。

あちら側とこちら側。

まるで人生の盛りと晩年を映し出しているようだけれど、生きることに一生懸命なことに

は変わりはない。間に横たわる川がその隔たりをすっかり呑みこんで隠しているだけで、

軸は一本につながっているのだ。


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