●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、その木の盛衰の激しさにびっくりしました。



モチノキ


我が家の狭庭の中央にかなり古木のモチノキがある。ネズミモチといって、秋には目立

たない鼠色の実をつけるごく地味な木である。

常緑樹なので葉が茂りすぎ周りの花壇が日陰となってしまうので、だいぶ枝をはらい切

り詰めていた。

そのモチノキに異変が起きた。

去年の秋、驚くほど真っ赤な実をたくさんつけたのだ。まるで赤い豆電球をつけたよう

に華やかで、この地に家を建てて以来、初めて見る光景であった。

これは何事? 突然変異か…おお、モチノキよ、お前は今までのは世を偲ぶ仮の姿でよ

うやく己に目覚めて華麗なる変身を遂げたのか。

小鳥も目ざとく気がついて実を食べにたくさん集まってくる。モチノキは“モテの木”

となって我が世の春を迎えたかのようだった。

そして、冬。

我が家では夫がガンにかかり、手術のため入院を余儀なくされた。そのため庭など目も

くれず不安の日を過ごし、庭の手入れどころではなかった。

ようやく春がきて、夫も退院し元の生活に戻った。

庭のつつじや姫リンゴの花が次々と花をつけ始め春爛漫となり、そして気がついた。モ

チノキの下にはたくさんの葉が落ちているではないか。病葉(わくらば)ということは

知っていたが異常な多さである。見上げると春だというのに若葉もなく、木肌に生気が

なく、おまけに小枝にはびっしりカイガラムシのようなものがついていた。こころなし

か日に日に衰えていく。

秋に多くの赤い実をつけたことで精力を使い果たしてしまったのだろうか。

ちょっと、といって夫を呼んで見せると

「この木はガンだな」

とさらりと言った。ガンという言葉にどきりとした。

「きっと、虫にやられたのよ。殺虫剤を噴霧しようか?」

と私が慌てて提案すると

「いやもう、寿命だな」

と、あっけらんかんとした口調で言う。

我が家ではまだ生々しさのあるガンという忌み言葉。

普段と変わらない態度の夫だけど、やはり心は感じやすくなっていて、モチノキに自分

を重ね合わせてしまうのであろうか…

初夏のような強い日差しの中で、私は言葉もなくも痛々しいモチノキを見つめた。


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