気着

●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの父親の少ない言葉で再現された戦争体験。



父の歌集


いまどきの若者の中には、過去に日本がアメリカと戦ったという事実を知らない者も

いるというのを聞いて呆れた。

さらに驚いたことに“戦争”という言葉から連想するのは“受験戦争”だというのに

は笑ってしまうしかない。

戦後70年ともなればそんなものか…とも思う。

実際に戦争体験を知る者は大半が亡くなったり高齢化で、戦争の悲惨さを声高に語る

こともない。

今、日本を動かす政治家もほとんどが戦後生まれで、しかも2世議員が多い。昔を美

化して存在感のある日本、強い日本を標榜し、自国の軍隊をなどと模索し始めている。

ところで話は変わるのだが、私の父は晩年、短歌を趣味として『日輪』という歌集を

自費出版した。そのうち戦争体験を詠んだものが4分の1を占める。

父は招集された戦場での体験をつぶさにメモしており、それをもとに臨場感のある戦

争歌を詠んだ。


人も馬も泥にまみれて誰なるや見分けもつかず眼のみ光らす


入りゆけばコレラ患者が一斉に手を差し伸べつ水水と呼ぶ


戦友が居並び黙祷する中にむくろ焼く火の点されにけり


縋りても物言わぬ母に幼児は泣きつかれてか呆然と居り


見ゆるとは即ち見らるる所なり敵悟りしか飛弾はげしき


など、すべてが生々しい。

父の歌は一兵卒として見たまま、感じたまま、戦ったままをそのままうたいあげ、切

迫したリアリティのある戦争詠となっていた。

いまや、戦争の形は空爆やテロなどと変化しているが、一部の人の利害や国のメンツ

のためであったりして、実際に被害をこうむるのは多くの一般庶民であることを忘れ

てはならない。

折しも、アメリカのオバマ大統領は限定的とはいえ、地上部隊をイスラム国(IS)に

派遣することを許可した。父の体験したような悲惨な光景が再び繰り広げられるので

あろうか。


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