●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、病気の夫の心情を想像してます。



シリーズ あるがん患者のたわごと

生きる


前立腺がんと膀胱がんを告げられてそろそろ1年になる。

その前に大腸ポリープをとったとき、消化器科の医者に片方の腎臓がほとんど機能して

いないと告げられていたので、ある程度覚悟はしていた。

12月に血尿が出て泌尿器科に回され、入院したのは翌年1月だった。それから、3月

までは入退院を繰り返した。前立腺がんは男性ホルモンを抑える薬を飲んでいればおと

なしくしている程度だったが、問題は膀胱がんで、特効薬がないので再発すれば、その

都度切って対処する。そのため、6月に6回にわたって再発防止のBCG療法を受けた。

わたしは糖尿病の持病がありワーファリンという血液をサラサラにする薬を飲んでいる

ので切る、削るといった血のでる手術は大変な負担となるのである。

医者は言う。

「年齢からして、持病からして、あなたの場合がんで死ぬとは限りません。脳卒中や心

筋梗塞のリスクも高いのです」と厳しい。

生老病死、そんな言葉が頭をよぎる。人間には思うようにならないものが4つある、と

釈迦が教えてくれたのはこの四苦である。逃れようにも逃れられない四つの苦しみ。

最近、歯医者やら眼科やらと医者通いが多く、おまけに腰痛で長く歩けなくなっている。

老いるとは病気と二人三脚なのだと悟った。老いた細胞は病気に罹りやすいのだろう。

がんといえば死に至る病と頭に刷り込まれた世代である。まだまだ先と思っていた死が

急に間近に具体的になって胸に迫り、何をやってもこれが最後かもしれない、いや、や

ったからってどうせ死ぬのだから…とやる前にも考えるほど悲観的になってしまった。

がんはポピュラーな病気だがやっぱり手強い。治療もつらいし、感染などで高熱がでや

すく、この先何が起こるかわからない。これまでの経過を見ていると残りの人生はガン

との闘いに費やすことになるだろう。

すべての治療を放棄してなるがままに生きる選択肢もあるだが、ここで生きるための手

立てを自ら断ってしまったら、いままでの積み上げてきた自分の人生はなんだったのだ

ろう、と思うのだ。これまで一生懸命に生きてきた自分に失礼ではないか。たとえ医者

が勧める治療がその場しのぎでも受け入れて最後までしっかり生きなければと思う。

周りをとりまく自然界だって、虫も魚も動物も、花や鳥さえもありったけの知恵と力を

注いで己の生命をいかそうとしているではないか。そして、もちろん人間も。

あらゆるものの命に優劣はないけれど、命の尊さを自覚しているのは人間だけなのだ。

だからこそ最後まで生き抜くしかない。


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