●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、不安な時間の中で何かに気がついたようです。



病院にて


私は先ほどから何度、内視鏡検査室のドアを見たことか。

長い・・・30分ぐらいといわれた大腸検査なのに・・・

夫と同時に呼ばれて入った患者3人はとっくに検査を済ませ次々と帰ってしまった。だ

が、夫だけがなかなか出てこない。すでに中に入って1時間半以上が経つ。

私は検査室の前に置かれた長椅子に腰かけて持ってきた文庫本を読んでいたが、だんだ

ん心配になり文字がよく頭に入らない。どうしてこんなに時間がかかるのだろう・・・

何か夫の身に異変が・・・どんどん不安が膨らんでいく。


夫は7月に腹痛を訴えて、近所の開業医に診て貰ったが、原因がわからず大病院で総合

的な消化器検査をするようにと紹介状を渡され、今日がその予約日なのであった。大病

院はいつだって混んでいる。緊急患者でない限り、検査でも一か月以上待たされるのだ。

幸い、夫はその後腹痛も小康状態で過ごせたのだった。

検査日を迎えた今日、ずっと雨続きだったのにからりと晴れた。

前の晩から絶食をして下剤を飲み、水を大量に飲んで15時間以上空腹状態で過ごす。

夫は天気が良いことに気を良くしたのか、タクシーの運転手が「久しぶりに晴れました

ね」と話しかけるのに、「今年は残暑もなさそうですね」と、機嫌よく応じていた。


白い無機質な廊下に、車いすの患者や点滴用の台を引き摺った患者や忙しそうな白衣を

つけた職員が行き交う。緊張と不安との戦い。

時計が3時を過ぎる頃から行き交う人も少なくなり、周りは次第に寒々とした雰囲気に

なり、座っているのは私一人になった。心の落ち着きを失いかけたとき、すっとドアが

開いて、看護婦が現れ、

「ご家族の方ですね。ご主人はちょっと腸の細いところがあったりして検査が難航して

いますのでもう少し時間がかかります。別に異常というわけではないのでご心配なく。

もうしばらくお待ちください。」と告げていった。

私は「はい」頷き、ほっとした。そのうち無性に外の空気を吸いたくなり、廊下の突き

当りに窓があったので、その開かない窓から外を眺めた。

ここは3階で、遠景に森、近景には長々と横たわる川や畑、住宅や高層マンションもぽ

つぽつとあり、真下には、病院の大駐車場が晩夏の明るい光の中にあった。病院の建物

の内と外ではあまりにも大きな隔たりがあることに胸を衝かれた。

私は空を見上げて白い雲がゆっくり流れているのを長いこと見続けた。

今日は昨日の続きではないし明日だって今日の続きではない。平穏な時は今がずっと続

くと思ってしまうけどそれは錯覚で、常に状況は刻々と変化していくのだ。


夫は内視鏡検査で良性だか悪性だかまだわからないがポリープが見つかった。


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