●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、「プロ」についての何かを合点したようです。



背筋の伸びる話


最近の着物業界は需要がなく衰退する一方である。

これは対面販売で細々と呉服商を営むAさんの話。


あるお客さんから注文を受けた。この暑いさなか着物を求める人はめったにないのでA

さんは大いに喜んだ。

ところが、お客さんのいうイメージの着物の柄がいつも取引している問屋さんではなか

なか見つからない。そこでAさんは思い切って新しい問屋を開拓することにした。

その問屋はかなり手広く商売をしている。

Aさんは面識がないのにいきなり行って取引をしてくれるか心配であった。

訪ねると70代と見られるあたりの柔らかい主人が応対した。

Aさんは、自分は店を持っていないこと、ただ長年の顧客を大事にしていること、宣伝

なるものはせず口コミでお得意様を広げていることを正直に話した。

そのうえで、客に頼まれてこんな反物を探しているのだが、あれば貸して貰えないか、

と頼んだのである。

もちろん、反物代は預けておき、売れたらそのお金はそのまま受け取ってもらい、売れ

なかったら返してもらう、という条件を出した。

なにしろ、まだ何の信用もない飛び込みの人間が頼んでいるのである。問屋にとっては

きっと警戒する話だろう。

Aさんはイチかバチかの取引だと思った。

問屋の主人はAさんの話をじっと聞き、またその様子を観察したうえで、どんな反物を

お探しですか、と聞いてくれた。

つまり取引に応じてくれたのだ。奥から注文に合ういろいろな反物を出して見せてくれ

たのだった。

あまり、多く出してくれたのでAさんは後の片付けが大変だと思い、除外する反物をク

ルクル丸め始めた。その手つきを見た主人は

「だいぶ、長いこと扱ってますなあ」

と感心したという。

これで一気に信用が高まった。商談は成立してお金の担保なしで品物を借りることがで

きたという。

ところが主人は、抜け目なくこう言った。

「迷ったら、そのお客さんを直接こちらにお連れください。たくさんの反物があります

からお見せできますよ」

Aさんは、それはならぬ、と心で思った。自分の顧客と問屋が直接取引したら自分の中

間マージンがなくなってしまうではないか。

商売とは品物取引ではあるけれど、つくづく駆け引きでもあるのだった。

その後、問屋から借りた反物は売れ、めでたくこの商談は成功したのだった。


私はまるで一昔前の話を聞いているようだった。

今やネット社会。SNSをはじめネットショッピングやら通販やら、顔の見えない交流が

盛んである。

個人の主張だけを優先させ、見える形での共感や連帯などが低下しつつある。

従来、商売の王道とは、取引相手の人柄を考慮に入れ、相手を見込んでの丁々発止の駆

け引きを経て商売が成立するのではなかったか。

この話はスリル、やりがい、充実感という商売の醍醐味と生の人間関係の面白さを思い

出させてくれる。

Aさんの商売への情熱に背筋が伸びる思いだった。


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