思いつくまま、気の向くまま 文は上一朝(しゃんかずとも)
シャンせんせいのガンリキエッセー。
センセー見てはいけないものを見ました。
ああ、こわかった
土曜日は、夜の10時をすぎると電車もすいてくる。
とくに郊外へ向かう各駅停車の電車はひと駅ごとに降りる人はいるが乗る人は少ない。
そんなふうにして4,5駅すぎたら車内に残ったのは10人位になった。
7人がけのベンチシートに一人で座っているとおちつかない。ゆったりと座れていいで
はないかと言われそうだが、両隣に人が座っている緊張感がないとどうもおちつかない。
夜の車窓は光が走るばかり。車内の広告もみあきてしまった。
ななめ向かいのシートには、和服姿の面長で品のよい老婦人が一人で座っている。
むかしの言い方をすれば「よそいき」姿だ。服装からみて仏事でないことはわかる。き
っとなにかハレのあつまりがあったのだろう。老婦人はあたりをみまわすでもなくじっ
と前をみている。
あまり見つめるのも失礼なので目をそらすが、とにかく退屈なのでまた目が老婦人にも
どってしまう。そんなことをなんどかくりかえし老婦人に目がもどったとき、“こわい”
と感じるほどおどろいた。
真っ白できれいにそろった歯が老婦人の口からとびだしていた。面長の顔とあいまって、
まるで骸骨をみるようであった。
よく見るとそれは総入れ歯がとびだしていたのだった。総入れ歯の人に聞くと、ながい
あいだはめていると口の中に不快感を生じるそうだ。
そういえば昔は平気で人前で入れ歯を出し入れする人がいた。この老婦人もがまんがで
きなくなって、だれも見ていないだろうと思ってやったにちがいない。
車中こわい思いをしたくなかったら、人の顔をジロジロみるものではないと諭されたの
かもしれない。