●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、一理に納得したけど、さて。



優しい人


私は夕食の支度は大抵ラジオを聴きながらする。ニュースであったり、FMの音楽であっ

たり。

先週のこと、いつものようにラジオをつけたら、NHKは相撲の実況中継の真っ最中で、

折しも一敗同士の注目の一番、白鵬と稀勢の里戦だった。聞き耳を立てていたら、凄い声

援の中で、アナウンサーが興奮して伝えるには、両者の立ち合いが合わず、白鵬から2回

の“待った”がかかったらしい。3回目もうまくいかなかったようだが、そのまま取り組

みが行われて、一方的な白鵬の攻めで稀勢の里が負けた。稀勢の里は体勢が整わないうち

にスキをつかれたらしい。

そのときの解説者の言葉はこうだ。(解説者の名前は聞き漏らした)

「稀勢の里は気持ちがはやっていたのでしょうね。つっかけてしまった。冷静に取り組み

のタイミングを見極める白鵬は当然待ったをかけました。同じことが2回。3回目も本当

はうまくいかず、今度は稀勢の里の方から待ったをかけるべき場面だったのですけど、稀

勢の里は3回目という気おくれがあったのでしょうか、待ったをかけずに中途半端な姿勢

で立ち合い、一方的に白鵬にやられてしまいました。残念でしたね。これは稀勢の里の心

の隙であり、気持ちの問題です。勝負は図太くなくてはいけません。変な遠慮や優しさを

出してはいけません。観にきたお客さんも力士がお互い万全な態勢で精一杯戦ってこそ喜

ぶのですから」

私はなるほど、いいことを聞いたと思った。

もし、私が稀勢の里だったら私も同じような遠慮やためらいがでて、本当の自分を出し切

れなかっただろうな、と思うからだ。

それは、ナイーブさ? 優しさ? 

辛口の友人Aさんに言わせるとそれを見栄と呼ぶ。

人からよく思われたい、悪者にはなりたくない、という見栄が重大な局面でもろさがでて

しまうというのだ。

だから、解説者のいうように観戦者の立場からみれば稀勢の里は余りにもだらしなく、試

合を台無しにしたのだからやさしさでも何でもなく、自滅したのである。

さらにAさんの話は飛躍して、人は褒めるよりは叱って育てよ、という。

「過保護に育って人の世の厳しさ、険しさを知らないと世間知らずの頭でっかちばかりに

なり、心が弱くなり、優しさは上っ面で観念的になってしまう」

と手厳しい。

なかなか示唆に富んだ話だけど、つい甘い考えの私としては、そもそも人間というのは、

生まれつき目立ちたがり屋で、褒められたがりで、そんなに強いわけないじゃん…とぶつ

ぶつ心の中で言い訳をしていた。


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