●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんにも縁ある人のノンフィクション多少フィクションストーリのパート6。


シリーズ アメリカ帰りの松子さん

ウイクリーマンション


新横浜にあるウィクリーマンションは快適だった。

生活に必要な電化製品はすべて揃っており、清潔で便利、壁や床の色がニューヨークの

アパートとよく似ているので心が落ち着いた。欲をいえば滅多に人と会わないので、ど

んな人が住んでいるのか、不安なことであった。

早速お気に入りの光沢のある紫のダウンジャケットにジーンズにスニーカー、ニット帽

姿で松子さんは買い物がてら付近を探検してみる。

松子さんはニューヨークでの習慣から一歩外へ出れば、背筋を伸ばし眼光鋭く人を観察

する。

慣れない土地なので迷子になったり目的の場所がわからなくなると、すぐ人に聞いてし

まうのだが、そのときは安全で感じの良い人、急いでいない人、地元の人らしい人であ

ることが鉄則だ。

新横浜は新幹線の止まる駅ができて造られた新しいビジネス街である。碁盤上に区画さ

れた町並みはニューヨークに似ているがちょっと田舎っぽい。高層ビルといえば駅ビル

とプリンスホテルぐらい。そのホテルの地下街が食品街であることを梅子さんから聞い

ていたので食料はそこで買う。

そこには当然主婦たちが行き交っているのだが、申し合せたように黒とかグレーとか無

彩色のコートを着ている。それは何かそこからはみ出すものを拒絶する威圧感が感じら

れた。松子さんはニューヨークの屈託のない色彩溢れる人々の群れが懐かしかった。

ある日のこと、いつものように食料を買おうと部屋をでると、偶然隣の人とばったり出

会った。若い女性である。

「こんにちは、最近隣に入った者ですが、あなたはここに長いのですか?」

松子さんは人恋しさに思わず声をかけた。

「ええ、もう半年以上になります」

「えっ、そんなに長くここに居られるのですか?」

「ええ、私の会社がここを社宅して借り上げているもので」

聞くところによると、社員の何人かがこのホテルに住んでいて、1年以上にもなる人が

いるという。

それは良いニュースであった。そして隣に若い女性が住んでいることに心を強くした。

ときどきその女性とこの界隈のことなど少し立話をするようになり、松子さんはあるこ

とを思いつく。

(そうだ、ここを住まいにしてしまおう。1年以上も住んでいる人がいるんだから)

早速、弟の竹男さんに相談した。

「ダメですよ。それは会社という信用で長期契約ができたのであって、個人では無理だ

と思いますよ。それにそこを住所にして住民登録ができるんですか?」

「まだ、聞いていないけど…」

「とにかく、そこはダメです。ちゃんとした住まいを見つけて住所を決めないと年金、

健康保険など公の助成が受けられませんから」

またまた却下。

「ならば、竹男さんの家の住所で住民登録して、このウィクリーマンションに住むとい

うのはどうかしら」

「それもだめです。ウチを住所にしたら全部手紙や書類はここにくるんですよ。その始

末はどうするんです? そのたびにウチにくるんですか? もし最悪の場合どこも借り

られなければ、こちらでワンルームマンションを買ってでも姉さんの住まいは決めます

から、安易な行動はとらないでください」  

竹男さんの頑なな態度に松子さんは一気に落ち込んだ。外国からやってきて日本事情が

わからないぶん、反抗するすべがない。ホームグラウンドでない弱味、自ら決定できな

い悔しさをつくづく味わうのだった。                     

(つづく)


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