●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、下町の友人を見直したようです。



シリーズ 街角ストーリー

浅草の女(ひと)


「下町ではね、金龍山浅草寺のことをひとくちに観音さまとか観音さんというのよ。向島

の花見がてら『観音さまにいこうか』といえば浅草界隈へ遊びにいくことなの。浅草寺の

ご本尊さまはね、一寸八分の黄金の聖観音だっていう話だけど、誰も見たことはないんだ

って。下町っ子はそんなことはどうでもよくて、三社祭で神輿をソイヤソイヤって担げれ

ばいいのよ」

そのひとはそういって浅草を案内してくれた。そして、

「スカイツリーが出来てからは、こっちに観光客がどっと流れてくるので、年中この有様」

といって、ごったがえす人の波に顔をしかめる。

浅草の老舗に嫁いだそのひとは、浅草女将さん組合に入って活躍しており、すっかり浅草

っ子になっていた。

久しぶりに会った女三人は混雑する仲見世通りはパスし、さっさと裏通りを突き抜け、伝

法院へ向かう。

伝法院は折しも春の一般公開であった。私たちは浅草寺へ奉納された絵画や宝物を見て、

庭園もゆっくり散策して思いがけず普段見られない浅草の雅を満喫できた。

さて、お昼はどこで、と顔を見合わせると、そのひとは心得顔で予約してあるからと先に

たって歩き出す。私は浅草なのだからスカイツリーの見えるホテルの最上階のレストラン

とかご当地グルメの天ぷらとか柳川かな、などと勝手に想像しながらついていった。

だいぶ繁華街から離れ、辺りは人通りもまばらになり、粋な塀やら土地柄、芸妓組合など

と書かれた建物を通り過ぎる。

そして、いかにも下町の庭のない家が続いたと思うと、玄関先に鉢植えなどを置いた家が

あって、仕舞屋だと思ったら、彼女は引き戸を開けてついと入った。小さな看板を格子戸

の脇に掛けただけの地味な小料理屋だった。

小さな玄関で靴を脱ぎ、奥の床の間付き6畳間に案内された。彼女行きつけの店らしい。

個室で季節のものを使った料理の数々でゆっくり三人の旧交を温めるにはふさわしい雰囲

気で、昼間なので酒抜きだったのが残念だった。

人は何事もまず自分の経験値から事にあたるものだ。私はこんな小料理屋を気軽に昼食の

場所に設定する彼女の今までの越し方や浅草という環境を思いやった。

もし彼女が、山の手の商家に嫁いでいたら、或いはサラリーマンの妻になっていたら、こ

うした粋な小料理屋を選ぶだろうか。

浅草では、決しておおげさではない当たり前のつきあいの場所として、こうした店が使わ

れ、下町気質が育まれるのだろう。

環境を侮るべからず。私はすっかり感じ入ってしまった。


(一葉もどきはこれより8月17日迄お休みをいたします。皆様、お元気で夏を乗り切りましょう)


戻る