思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせいのロシア旅行終ったと思っても簡単にゃ帰れなかったようです。



露国赤毛布

14.まだ終わらない ダ スヴィダーニャ ロシア




バスは、ドモジェドブォ空港へ向かう。これでモスクワにある三つの国際空港を利用したこと

になる。ドモジェドブォ空港は、昔モスクワ空港と略称されていたシェレメチェヴォ空港より

も市内からのアクセスがよく30分ほどで着いた。


車中、わがミハイル氏から心のこもった惜別のあいさつがあった。

この、“心のこもった”にはわけがある。初日シェレメチェヴォ空港に迎えに来たミハイル氏

のバスの中での第一声は「皆さん寒い冬のロシアへよく来てくれました。ありがとうございま

す。ありがとう、ありがとう」と「ありがとう」を連発した。そのあとロシアの寒さについて

話をしたあと「この寒い時期にロシアへきてくれてほんとうにありがとう。それも大勢で。お

かげで私に仕事ができました。ありがと、ありがと、ありがと…」とまた「ありがとう」を言

い続けた。この「ありがとう」のなかには、冬のロシアは観光客がすくない。自分たちガイド

は冬の間はほとんど失業状態にある。そんなとき皆さんが来てくれたことは本当にありがたい

です。という心からの感謝の気持ちがこめられている。


よほど予想外の仕事がうれしかったのか、プライベートに関しては口が重かったミハイル氏が

「明日からベトナムへ行きます」と言った。「仕事ですか」と車内から声がかかると「家族旅

行です。とても楽しみにしています」と顔をほころばせて答えた。北国の人は南国へのあこが

れは人一倍つよい。海で泳ぐのが待ち遠しいそうだ。ベトナムの話題がおわったころ「みなさ

ん使い残しのルーブルをおもちでしょう。ユニセフへ寄付しますのでバスを降りるとき私のポ

ケットへ入れて行ってください」と言った。そのときは殊勝なことをする人だと思った。バス

を降りて荷物を待っている時、ツアコン女史が「ミハイルさんがあんなことを言うなんてめず

らしい」とすこし批判がましくいうのを聞いてピンときた。

バスを降りてもミハイル氏のポケットに近づく人は少ない。荷物を受け取るとバスともおわか

れだ。運転手に握手を求めると作業用の手袋をとってニコニコしながら暖かい手でかたい握手

をしてくれた。もちろん、「スパシーバ」と「ダ スヴィダーニャ」もわすれずに。

空港ロビーまで見送ってくれたミハイル氏に近寄り、笑いながら「ミハイルさんのポケットは

どこ?」と聞くと、「ここです」と両手を貝のようにあわせて突き出すので「ベトナム楽しん

できてください」と100ルーブルほどの小銭を押し込んだ。照れくさそうにここでも「あり

がとう」を連発した。ユニセフの話しはチップの催促だったのだ。


スーパーで買ったウォツカを急いでトランクにつめこみ荷物を預けてから出国審査にむかった。

審査場は空いていてわれわれが並んでから係員が出てくる状態だった。審査官は若い女性が二

人。一人は普通のブラウスでもう一人は襟章をつけた制服姿だった。並んだ列の担当はその制

服さんだった。しめたベテランだろうから早く済むと思ったら大間違い。となりのブラウスさ

んの倍の時間がかかる。とにかく慎重というか手がのろい。ベテランだからうるさいのかなと

思っていたがどうも新米らしい。何かというと隣のブラウス嬢に聞いている。行列がのびてし

まったので上司がもうひとつの窓口を開けたが制服さんを替えようとはしない。

あと一人となったとき引っかかってしまった。ツアー仲間の女性である。15分ほどしてその

女性を別の窓口へつれていってようやくわれわれの番になった。

ゲートを出るとツアコン女史がよってきて「〇〇さんがひっかかっちゃって」というので「ど

うしたんですか?」と聞くと「彼女新婚さんで書類の名前が旧姓だったの。シャンさん申し訳

ないけどわたし彼女に付き添うので、みなさんにこのことを話して搭乗ゲートに集まる時間を

知らせてください」という。これまで五回も入出国ゲートを通っているのに、いまさら引っか

かるなんてロシアの役人はどうなってんだ。

カフェや免税店が並ぶ待合ロビーでタバコ仲間のHさんに会ったのでその旨を告げると

「ツアコン女史は目が高い。そのミッションはシャンさんにピッタリだ」と笑っている。どう

いう意味だろう。


出国審査で疲れ果てたので、お茶でも飲もうとカフェにいくと、なんと、なんとここのカフェ

もバーもルーブルしか使えない。ミハイル氏のチップが残っていたとしてもコーヒー一杯飲め

ない。われらが国際人「先生」も「こんなんじゃ国際空港とはいえない」とご立腹であった。

昔シェレメチェヴォ空港ではドルが使えたのに。

しかたがないので免税店でドルを使って水を買うと、苦労して減らしたルーブルがつり銭で返

ってきた。水を飲みながらベンチで過ごすこと一時間。なんともなさけない。

最後になって悪評高きロシアの官僚主義をたっぷりと味あわされた。これもいい思い出となる

だろう。

搭乗間近になって大師さまが、足が延ばせないとつらいので通路側の席に替えてもらえないだ

ろうかとツアコン女史に相談すると、先ほどのミッションのお返しか「搭乗したらご希望のよ

うにしますから」といってくれた。

機内におちつくと乗客は約半分。往路もそうであったが満席表示の予約表はどうなっているの

だろう。おかげで3人席を一人占めしてのんびりと帰路につくことができた。


疲れているはずなのにビールのお代りをしても眠くならない。食事を二回して、来るときに見

なかった映画を三本見終わると、飛行機は満月をお供に、もう成田上空に来ていた。

入国審査はそれこそあっという間におわり、税関で「なにか申告するものはありますか」「あ

りません」とおきまりの問答をしてロビーへ出る。いちどでいいから、貧乏旅行ではなく「あ

ります」と答えてみたいものだ。

特別の解散式もなく、三々五々と別れを惜しんでいたら、都内に向かうバスがすぐに出ること

がわかった。タバコ仲間のHさんはご近所なのだが電車の方が早い、とここでお別れ。

天候とメンバーにめぐまれたロシア旅行も、無事千穐楽となりました。


戻る