●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ2回め。横町の異空間。
シリーズ 街角ストーリー(フィクション)
坂の上の家
バスの通る大通りから横丁に入ると、もう住宅街である。
右手にはすぐ丘が迫っている地形で、緑は多いものの街化が進んで丘の上にも途中にも家
はびっしり建っている。
目の前に3つの道がある。
1つはその丘のふもとを周る道、もう一つは丘に登る急な坂道、そして3つ目は樹が覆い
茂っているので目立たぬが、丘の斜面を緩やかに登っていく巾1メートルぐらいの道と呼
べないような細い道がのぞいている。
この道はもちろん狭いので人専用で、昔、きっとまだ森のようだった丘の上の住民が、広
いけれど急な坂道を嫌ってけもの道のように踏み固めて緩やかな道を勝手に作ってしまっ
たのだろう。
私は迷わずこの魅力的なだらだら坂を登っていく。
しばらくは、左の斜面は眼下に家の屋根を見下ろし眺めがよく、右手はブロックで支えら
れた低い崖で、上には家が建っている。
そのうち道はくねくね曲がって樹木の中に入る。地形が半端なので家が建てられず竹やぶ
があったり、片側の矩のある屋敷の庭木がかぶさっていたりしていて暗い。
この辺りで坂の上を見上げると口裂け女でも立っているのではないかと思うほどちょっと
妖気が漂っていて、私はちょっとドキドキする。
ようやく登りつめた丘の上には瀟洒な屋敷が多い。
ふと、古びた和風の一軒に目が留まった。門に小さな看板が掛けられている。『麻雀クラ
ブ “園” 呑まない、賭けない、吸わない、健康麻雀。どなたでもお気軽にお立ち寄り
ください』と書いてあった。
私はへえー…こんな所に…と立ち止まって見ていると、その私をどこかで見張っていたか
のように、突然その家の玄関の小窓が開いて上品な老婆が顔を出した。そして、「良かっ
たらお入りなさいな」とにこやかに声をかけてきたのだ。
「いえ、私は…」とふいをつかれて私が口ごもっていると、「お時間あるんでしょ。様子
だけでも見ていらっしゃいな」とじっと私を見つめる。私はまるで催眠術にでもかけられ
たような不思議な感覚に陥り、抗しがたい雰囲気に呑まれ、ふらふらと入ってしまった。
古い日本家屋のわりには広いモダンなリビングに通され、電動麻雀台が2卓置かれていた。
1卓に3人の男女が手持ち無沙汰に座っていて、私はその中に当然のように加わったのだ
った。
緊張のの時間が過ぎ、その間、老婆は器用に立ち回ってお茶を入れたり私に教えてくれた
りもてなしてくれた。半荘(ハンチャン)が終わると私はようやくその家を辞した。
我に返るとまったく不思議な体験である。もしかして、あの老婆の正体は狐か狸か・・・
再び行けばあの家はあとかたもなく無くなっているのでは・・・
まさか! こんな昼日中に! 人口衛星の飛ぶいまどきに!