●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ1回め。よくありそうな風景。



シリーズ 街角ストーリー(フィクション)

寺の駅


どんなに小さな駅にも一応駅前商店街というものがあって、町一番の繁華街ということに

相場が決まっている。

急行が止まらずバスターミナルもないこの町の駅も、そんな駅の典型で半径100メートル

ぐらいがささやかな繁華街となっている。

もちろん、駅ビルなんてものはない。

不二家がなくなった。風月堂もなくなった。パチンコ屋もなくなった。後継者のいない爺

さん婆さんが店番をしているような肉屋、金物屋、洋品店、お茶屋など昔ながらの個人商

店が残った。

都心へは25分で行けるという好立地なのに、なぜこんなに寂れているのか。それには訳が

ある。

戦前の昔々の話。

裏には竹林に囲まれた墓地、寺の前の境内には桜の名所となるほどの見事な桜と広大な敷

地をもつ寺があった。

都心から郊外へと開発の広がる波に乗ってコンツェルンから鉄道建設の話が持ち上がり、

住職は考えた。きっとこの話は町を大きく変えてくれる、寺にも住民にもイイ話だぞ、と。

そこで寺は気前よく寺の敷地の中に鉄道を通すことを許可し、堂々と寺の名前を駅名とし

た。駅の西口改札すぐ前が寺の山門、東口が寺の参道である。

やがて参道沿いにはぽつり、ぽつりと駅の乗降客目当ての商店が立ち並び賑やかになって

いった。

そして時は移り、東口の商店街はチマチマと栄えていったが、ご他聞にもれず建物は老朽

化の一途を辿るのだが、土地はすべて寺の所有なので寺の許可がおりなければ何事も始ま

らない。ついに駅前にありがちな再開発は起こらなかったのだ。

今では寺の境内に桜の木は一本も見当たらずいくつもの斎場が建てられ、喪服の集団が駅

を乗降する。

この町は寺のひとり勝ちとなり、商店は衰退するいびつな町となった。

果たしてこの町は昭和のノスタルジアを懐かしむ希少な町として生きるのか、それとも近

代化の波に乗り遅れたダサい町としてあきらめるのか、中途半端な立場に置かれている。

古くからこの町に住む住民は以前の境内での盆踊りや花祭りを懐かしむばかりである。


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