思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、ほっとくと観光すんのはロシアだけじゃすまなさそうです。



露国赤毛布

7.身内観光




たいていの場合、まる二日も行動をともにすると30人くらいの仲間の顔は覚えてしまう。

ところが今回はちがった。個人旅行とちがって団体旅行は制約がおおく、自分が興味をも

ったものに気をとられ他人のことなどかまっていられない。それでもどこか特徴のある人

には興味がいくものだ。


このツアーのメンバーは22歳から78歳と書いたが、最年少の22歳は、ロシア文学専

攻とかいうもの静かな女子大生の二人連れ。かわいそうに祖父母ほどに年の違うメンバー

のなかで浮いてしまっていた。しかし世の中よくしたもので、一人旅のオバサンが母親の

ようによりそって、「ジジババツアー」のコツをアドバイスしていた。

最年長の78歳氏は若い女性との2人連れ。はじめは父娘かと思っていたらそうではない

らしい。さては怪しい仲、とタバコ仲間のH氏に何気なく話すとちがっていた。彼はなか

なかの事情通。彼女は30歳年のはなれた奥さんであり、78歳氏のほうが奥さんの母親

より年上だそうだ。なんでもその母親のすすめで結婚したとか。78歳氏は某放送局のO

Bで、イギリスの放送局へ出向したこともあるエリートである。現役時代はヨーロッパ中

を歩き回ったそうだ。仕事柄たいへんな博識であるが、もの静かな78歳氏は自分から余

計なことは口にしない。いつのまにかその博識を敬って「先生」と呼ばれていた。ほんと

うのエリートとはこういうものか。

タバコのおばさんも二度三度と灰皿を囲むようになってくると話をするようになってきた。

あちこち遊び歩いているので独り者かと思ったらそうではない。大師さまが「ご主人は放

っておいていいんですか」と聞くと、「まだ現役なんだけど海外旅行はいやだというから

勝手にさせてもらうの」との答え。「食事はどうしているの」とかさねて聞くと「おでん

を作っておくの。そうすると3日は食べられるでしょ。あとはお弁当でも買うでしょ」と

あっさりしたものである。さぞかし冷え切った夫婦かと思ったらとんでもない。旦那は、

海外旅行はいやだけどスイスだけは行ってみたい、というので退職したら二人で出かける

ために先にスイスには行かないそうだ。義理で付き合って、仏頂面しながら夫婦で旅行に

行くよりどんなにいいことか。こういう愛情もあるんだね。

ITおばさんもすごい。歳は60代の一人旅。人当たりはいいのだが口数がすくない人な

ので詳しいことはわからない。しかしその行動力は抜群でiPadを片時もはなさない。前の

晩、翌日のコースをネットで予習する。現場ではiPadで写真を撮り、コメントを書き込み、

ガイドの説明にものたりないときはその場でネットで詳しく調べ上げる。「熱心ですね」

と声をかけると、「楽しみですから」とかえってきた。

男性陣で唯一50歳以下のカメラ君とデブちゃん。二人とも一人旅で海外旅行経験が豊富

だ。カメラ君は、自分と同じ型のカメラを持っているので親しくなった。なかなかの好青

年で旅行から帰ったら会社を創るので忙しくなる。「さいごの気ままな旅です」と笑って

いた。デブちゃんは、音楽関係の仕事をしているらしく毎年ウィーンへ出かけているとか。

クラシック音楽界に通じていて話が合う。彼とはもっと仲良くなりたかったが話し込んで

しまうと自分の時間がなくなるのであきらめた。

最期にタバコ仲間のHさん。彼は子供が中学生のとき細君を亡くし、それから男手ひとつ

で二人の子供を育て上げた。リタイアした今でも勤めに出る娘さんのために毎朝早起きし

てお弁当を作っているそうだ。「今回の旅行は、主夫の息抜きですか」とからかうと「ま

っ、そんなものですね」と照れ笑いがかえってきた。

他人それぞれの素晴らしい生き方を教えてもらった「身内観光」もいいものだ。


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