●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、頑張る友人に共感しました。


秋はシャンソン


長い付き合いの友人がシャンソンを習っている。

昨年はリサイタルを開いたし、今年は町田市の文化祭に出るという。メキメキ上達して大

活躍である。

その友人は今年の冬、軽い脳梗塞で倒れた。一人で家に居たときで、手足が動かなくなっ

た状態で電話まで這いずっていき、110番をして一人で入院した、という気丈な人であ

る。幸い早い処置だったので、外見は何の後遺症も残らなかった。

そんな彼女からコンサートの案内状が来たのだ。私はいそいそと出かけて行った。

17:30分開演。立派で本格的な町田市民ホールは八分の客の入りであった。私は開演

前の高揚した静かな波のようなざわめきやプログラムを見てわくわくする劇場の雰囲気が

好きだ。

やがて、開演のブザーが鳴る。

幕開けとともにピアノ、ベース、ドラム、シンセサイザーの四人が息の合った演奏をして

盛り上げ、ロングドレスの司会の女性がしずしずと現れ紹介をした。落ち着いていて雰囲

気づくりはなかなかである。

主催が町田市のシャンソン協会なので、出演者はアマチュア、セミプロ、プロから選んで

いるので凸凹があるわよ、と友人は言っていた。

やはり、前座はちょっと素人っぽくのど自慢大会のようで物足りなかったが、中盤からだ

んだんドラマチックなシャンソンの世界に引き込まれていった。

愛、別れ、人生などを歌い上げた懐かしい名曲からカンツォーネまで、華やかな衣装と迫

力ある生演奏に日常を忘れた。

プロとアマの違いは歴然と出るものである。声や歌唱力や場数もあるだろうが、身振り手

振りの一挙一動までが自然な動きで巧みに観客を歌の世界に誘い入れる。大事なことは感

動を伝える歌も体の動きも自らの血肉になっていることだ。それによって観客は安心して

同じ感動に身を置くことができる。

友人は“ジャッキー”と“歌ある限り”の2曲をプロに負けないくらいに堂々と歌った。

“♪歌があれば生きていける・・・”大病を乗り越えた友人は、この歌詞通りの心境であ

ろう。人はなんと強くて豊かなんだろう。

歌い終わったとき、私は万感の想いが押し寄せていつまでも拍手を送った。


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