●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
シリーズ5回め、今回はみんなが楽しくなるクセみたいです。



シリーズ なくて七癖

酒癖

酒癖には愚痴癖、からみ癖、泣き癖、ケンカ癖などいろいろあるようだが、人はお酒

によって理性のタガがはずされ、隠れていた本性がひきだされ、普段と違う人柄がで

るようだ。

しゃべり癖や笑い癖などは陽気で楽しいもの。

私は三人姉妹で、それぞれの連れ合いを入れてよく小旅行をした。

一番上の義兄は婿養子で私の姉と結婚して家の印刷業を継いだ。普段から話好きで話

題が多いのだが、飲むと一層口数が多くなる。そこへいくと、二番目の義兄は普段

むっつりしていて、とてもとっつきにくいのだが、旅先の宴会でお酒を飲むと、まる

で人が変わったように陽気になるのが面白い。

お酒が入るとこの年代の通癖としてとかく昔話がでるものだ。

「活版印刷というのは植字工が一番頭を使うから給料がよくてね。ほら、あのマチダ

のおじさん、高給取りだからグルメだったよなあ。次は文選工だろ。文選工のショウ

ちゃんは腕がよくて鼻唄まじりで仕事していたなあ。それから刷りの機械工で最後が

解版工。それにウチには活字を買いにいくちょっと頭の弱い小僧がいたよね」

「そう、そう」

三姉妹はちょっと懐かしい目になる。

「昔の印刷職人というのはプライドがあったもんだ。白いYシャツにネクタイ、手に

は黒い肘カバーだぜ」

と義兄はちょっと自慢げになる。

「なんで?」

一番年下の私が聞くと、

「印刷屋は文化を担っているというプライドだよ。なにしろ活字を拾うことから始め

るし、校正もあるから、すっかり原稿全部読むことになる。で、耳学問ならぬ読み学

問が身につくのさ」

「ウソばっかり、あなたは夏なんかランニングシャツで文選していたわよ」

と長姉がちゃちゃをいれるとみんながどっと笑い、俄然義兄は旗色が悪くなって話題

を変える。

「だけど、鉛の活字は体によくないねえ。鉛のせいで僕なんか歯がボロボロになって

総入れ歯だよ」

「そうなの、この間娘一家とカラオケにいって歌ったら、この人、入れ歯が飛び出

しゃったのよ」

と、またもや長姉が暴露すると、すっかりお酒が回って陽気になった二番目の義兄が

ひっくり返って足をバタバタさせて笑いころげていた。


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