●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
さすがのもどきさんもおどろいた。この人ある意味、エライ(?)。



コタツミカンの女性

勤めを持たない私が電車に乗る時間帯は殆どラッシュアワーではないので大抵空いている。

電車内は立っている人や座っている人が思い思いに過ごしているのだが、最近は前の座席

に座っている全員が、ずらりケータイ、スマホ、ゲーム機、などをいじっている光景は珍

しくない。他人のことは我関せずで、背中を丸めて没頭している姿はなんとなく寒々しい。

一昔前、女性が座席で編み物をしているのを、電車の急な動きに編み棒が凶器になるので

はと取沙汰されたことがあった。ところが編み物人口も少なくなり、電車内で編み物をす

る女性などはまったく見かけない。

時代は移り、最近話題になったのが女性の化粧。公共の場で化粧はいかがなものかと格好

の話題となったが、同性の私としては、滅多に見られない一部始終を盗み見みさせてもら

って、化粧のテクニックをおおいに学んで面白かった。

こうみると、勤勉なるみなさんは、電車で移動する時間をなんとか快適に有効活用しよう

と涙ぐましい努力をしているらしい。

そして、先日極めつけを見た。

歳の頃は70代の地味なフツーお婆さん。優先席の端に座るとおもむろに紙袋からひざ掛

けを取り出しすっぽり膝から足元を覆った。おお、何たる周到な防寒の備え…さすが年の

功! と私は敬意をもって眺めた。さらにお婆さんは本を取り出し読み始める。うーん、

只者ではないぞ! とさらに私は感心する。そのうち、バッグからおせんべいを取り出し

ばりばり食べ始めたではないか。今度はえっ! と思った。

ご存知のようにおせんべいは強烈な匂いがある。食べてる本人はその香ばしさがたまらな

いだろうが、周りは叶わない。そのお婆さんはおせんべいをバリバリポリポリと食べなが

ら本を熱心に読んでいる。当然電車内におせんべいの匂いがたちこめた。さらに驚くこと

におせんべいを食べ終わったお婆さんの次なる行動はバッグの中からみかんを取り出して

剥き始めたのだ。赤格子のひざ掛けに膝には文庫本、手にはみかんとすっかり寛いでアッ

トホームなその様子はその一角が茶の間になったようだった。

ここまでやる? これじゃ、まるでコタツミカンじゃん、これってあり? しかも天下の

銀座や霞ヶ関を通る日比谷線の中でだぞ、と私の目は点になっていた。


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