思いつくまま、気の向くまま
  文は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、あわてても簡潔明瞭名文仕立てます。



さあことだ

「さあことだ 床やのおやじ 気がちがい」という川柳がある。

なぜあわてるのか。

床屋というものは刃物をつかう。カミソリ、とくに日本カミソリは凶器そのものである。

それをあつかうおやじの気がちがったら…、もうおわかりであろう。

行きつけの床屋は10年ほどまえから安全カミソリ型のものをつかっている。もしそうな

っても浅手ですむ。


6日、Jリーグ鹿島アントラーズとFC東京の試合があった。FC東京はときどきバカ力

をだす。このところ負け癖がついている鹿島アントラーズはダメだと思っていたら5対1

で勝ってしまった。

田島主幹と鹿島が負けたら書かない、勝ったら書く。と約束した手前ココ通を書かねばな

らない、「さあことだ 鹿島勝っても 原稿(ネタ)がない」。


「さあことだ」と、にたような雰囲気をもつ言葉に「一大事」がある。一大事とは、容易

ならざることをいう。

禅のほうに「一大事と申すは 今日只今の心なり」という言葉がある。おおざっぱに解釈

すると、今というときは今しかない、今というときは再び帰ってこない。今を大事にせよ。

または、目の前に起こっていることにたいして全身全霊をもってむかい合え、どんな苦し

みも一日だけと思えば耐えられる。とでもいうことか。


昔海軍のお偉いさんが戦闘をまえにして「一大事とは今日ただいまのことである」と部下

を鼓舞したことがある。この戦いは戦争の勝敗を左右する戦いである、気合を入れて戦え。

と活をいれたわけである。昔の人は教養があった。まわりくどい言い方をしないでもこの

ひと言でわかってしまった。

自分の今日ただいまを思うと、「さあことだ 鹿島が勝った 一大事」であるが、いくら

気合を入れてもこのていどのものしか書けない。


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