●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ5回め。風流と現実の往ったり来たり。



シリーズ 人間模様

女心と秋の空

G子さんは月1回の句会を楽しみにしている。

10月は向島百花園に吟行に出た。

その日は前日の天気予報がはずれて、百花園に着く頃はきれいな秋晴れとなった。

ロマンスグレーの男前の宗匠を囲んで、弟子の女性たち5人は浮き浮きと子供の遠足のよう

に笑いさざめいていた。

この時期百花園といえば秋の七草。ことに萩のトンネルは有名である。百花園は骨董商であ

る町人が作った庭園で、四季折々の山野草がある。大名庭園のように格式を重んじ侘びだの

禅だのと理屈っぽさがなく、まして場所は昔色街だった向島なので、どこか雑多な雰囲気が

あり、とりすましたところはまったくない。

お目当ての萩はすでに盛りを過ぎてはいたが、小さな赤い花が今にもこぼれんばかりにつけ

て枝垂れていた。

「先生、ここに百日紅がまだ見事に咲いていますよ」

誰かが宗匠の袖にふれて、声をあげる。

「ああ、青い空にピンクの花が映えてきれいですねえ」

宗匠が立ち止まり見上げて言う。

「百日紅と書いてさるすべりと読むのは無理があるわよね。でも本当に猿がすべってしまう

くらいに幹がツルツルだわね」

という意見に皆がうなずき、

「でも猿が聞いたら、バカにするなって怒るかもよ」

誰かが言うと、皆がどっと笑った。

「この木は中国からやってきた木でね、百日紅は中国語で、日本では幹の方を指してさるす

べりの名をあてはめたんだね。夏から秋にかけて百日間も咲くから百日紅」

解説する宗匠を皆一層尊敬の眼差しでうっとりと見る。

句をひねりながらしばらく散策すると、宗匠が向こうの方に見える小さな家を指して言った。

「あれは御成座敷といってよくお茶会に使われるんですよ。先週うちの家内もあそこでお茶

会を開きましてね。大盛況でした」

そこで、女たちは一瞬黙った。そして女たちは思う。(先生の奥様自慢がまた始まった…)

頭は忙しく楚々とした着物美人がお茶を点てる姿を想像し、やはりこの和を重んじる先生に

はふさわしい和の奥様がいて好一対のカップルであることを確認する。たちまち女たちは非

日常のいっときが現実に戻され、(私の出る幕じゃないわ…)と思ったのだった。

このあと、心なしか宗匠を囲む輪がばらけたような気がする。

最後にG子さんはこの吟行でこんな句を作った。

穏やかに 長生きせよと 百日紅


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