●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ2回め。こっちのそれが共感を得られる理由わかります。



シリーズ 人間模様

クレ−マー

B子ばあさんは70歳の古希を迎えた。孫がいるからばあさんで今どきの70歳はまだま

だ見た目も気も若い。B子ばあさんはちょっとした仕事をもっていた。だから溌剌として

いるのだが、本人いわく、60代とは違う意識と体力の違いを感じるという。例えば、恥

じらいとか、ためらいなどというものがなくなり、いってみれば老人特有のずうずうしさ、

年寄りだから許されるという甘えのようなものだという。

こんなことがあった。

猛暑が続く夏のある日B子ばあさんはバスを待っていた。手には重い荷物、日陰に入って

いても汗が噴出してくる。始発駅なのでバスはすでに到着しているのだけれど、定刻出発

の時間直前まで乗客を乗せず扉を閉めて待機している。何人かが並んで今か今かとバスの

扉が開くのを待っていた。

バスを見上げると運転手は冷房の効いたバスの中で涼しい顔。思わずB子ばあさんはバス

の扉を叩いて運転手に言った。

「皆、このバスに乗るために暑い中で待っているのですよ。時間前でも早く涼しいバスの

中に入れてあげたらいいじゃないですか。他のバス会社は時間前でも中にいれてくれます

よ。それがサービスってもんでしょう」

昔のB子ばあさんなら当然正しいことでもこんな風にはとてもいえず、我慢をしていたも

のだった。

そういえば、春に家族で行ったレトロで野趣を売り物にしている温泉宿でもクレームをつ

けた。あまりにうす暗い露天風呂に、

「風呂場はお湯ですべりやすいのよ。もっと明るくしてちょうだい。年寄りには危なくて

しょうがないわ」

と宿の主人に改善を要求した。

そして最近のこと、友人たちと旅行を計画したのだが、出発前に台風による大雨という天

気予報を見て直前になって、延期しようと言い出したのがB子ばあさんだった。だいぶも

めたが、結局、意見がとおり延期となった。

B子ばあさんの言っていることは間違ってはいない。こうした勇気ある発言が世の中を安

全にしたり、企業のきめ細かなサービスにつながるはずだ。こういったときの年寄りの行

動が“亀の甲より年の功”になれば大変ありがたいことである。

ただ留意しなければならないのは自己中心の発想から生まれた発言に陥り、単なる堪え性

がなくなったことなら要注意である。

でも考えてみれば人間はうまくできていて、たとえわがままでも身も心も弱っていく年寄

りが生き抜くために自然に身につける知恵・力なのかもしれない。


戻る