思いつくまま、気の向くまま
  文は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせいの慧眼は一瞬で三態を見切りました。



三つの正坐

おだやかに、かるく会釈をしながら入ってくる姿を被災者は静かに迎える。

床に膝をつき両手をそえ、床に坐る人の目線におりて語りかける見舞いの言葉と、やさし

く体調を気遣い、励ます言葉にたいして被災者は感謝の眼差しで応える。

天皇、皇后の避難所を見舞う姿である。


これから起こることに全身でおびえる老人を囲む一団を迎える被災者の目は怨嗟と絶望に

みちている。腰をかがめ詫びの言葉を述べ始めた老人は側近が膝を突くのを見て自分も膝

を突きあらためて謝罪の言葉をのべる。

被災者ひとりひとりに、具体的な方策は示さずひたすら謝罪の言葉をつづける老人に「こ

こで寝てみろ」「はやく家に帰せ」と厳しい言葉をなげつける人々もこの老人一人ではど

うにもできない事態になっていることは知っている。

二時間をかけて被災者全員に正坐をして詫びる姿に一片の同情を感じたのか、出口に向う

老人の肩に触れ「身体に気を付けて頑張ってください」と声をかけたこれも一人の老人の

姿が印象的だった。

言うまでもなく、数百億の損失に躊躇して判断を誤り、兆という桁の損害を出してしまっ

た東電社長のお詫び行脚の姿である。


ここまでくると、あの人にふれないわけにはいかない。

かるく笑みをうかべ、すべての人が自分を歓迎するかのように入ってきた。

そう、自分の後援会に登場するときのように。あの、厚顔といわれたブッシュ前大統領で

さえこのような場には笑みをうかべて入ってこなかったように思う。

浴びせられる怒声におどろいて笑みは消えた。しかし、正坐をして被災者に声をかける姿

は、選挙と勘違いしたか被災者の手をとって「全力を尽くします。頑張ってください」の

言葉をくりかえすのみ。

被災者は、この先どうなるのか、地獄のような生活がいつ終わるのかを聞きたいのに、空

虚な言葉の繰り返しでは窮命に耐える被災者の気持ちを逆なでするようなものだ。

その間約20分。出口で「もう帰るんですか」と声をかけられ声の主の所へ戻る。この避

難所は二つの町からの避難者がいた。そのひとつの町を素通りしてしまった。

「われわれを無視するんですか」と声高に問われ「ごめんなさい」とわびる。

だれも首相の耳に入れていないのだろう。側近に見放された現内閣総理大臣の姿である。

そこで手厳しい言葉を投げつけられてもひたすら己の失態をわびるばかり。

屈辱にみちた顔で避難所を逃げ出す後姿をみていると、「首相の立場は宿命」という発言

はなにを指すのだろうと思ってしまう。


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