東京での同窓会3年目
またマメな先輩からお誘いがあり、同級会に行ってきた。今年で3回目である。
今回も早めに東京に入り、上野あたりを見物して回った。上野のアメ横センタービル地下
の食料品売り場は、私の聖地なのだ。そこは日本というよりも、「アジア」。ちょっとし
た海外旅行の雰囲気だ。昔から大好きである。しかし今回は特に買い物をしなかった。
それから上野公園へ行った。小さい頃に来ているのだと思うけど、西郷さんの銅像以外、
あんまり記憶が無い。しょっちゅう東京に来ていたから、特にちゃんと見物するわけでも
なかった。それでちょっと行ってみたくなって行ってみた。
おのぼりさん気分で写真を撮りながら自分のSNSにアップしていったら、先輩の一人から
連絡が入り、ちょっと早めに待ち合わせをしてお茶を飲んだ。「なんか写真を見たら、も
う東京にいるんじゃないかと思って、連絡してみたよ」と言った。便利な世の中になった
ものだと感じることのひとつだ。
同級会には、本当に久しぶりに会う人も来ていた。今回の遠方参加は、名古屋、長野、と、
わたし山形。女性は美しいままだけど、男性はハゲやデブも多い(笑)
ひととおり音楽の話や、近況報告、アイツが連絡取れない、アイツが離婚した、ばったり
アイツ家族と会ったよ、などの後、東北から参加している私に、少し時間をもらった。
あの地震の直後、どんな状況になっていたのかと、9か月経った現状など。厳しい寒さと、
停電、ガソリン、食料不足。それから、パイロットをしている先輩が、仙台空港の状況を
話してくれた。みんな酔っぱらっていたけど、話は真剣に聞いてくれた。
みんな口々に「何かを協力したい」とか「何をすればいいのかわからない」と言っていた。
その気持ちだけでも、充分。ボランティアをするとか、寄付をするとか以外でも良いのだ。
日常で頑張らずにできること。周りに東北の人がいたら、声を掛け合って、仲良くしてほ
しい。そうやって皆で手を繋いで、心を繋いでいくことが大切だと思う。
「やっぱり、東北だったから、あの状況でも皆で助け合っているんだと思った」と言う人
が多かった。
3.11後初めて、山形を出て南に向かった。
福島を通過することは、本当に怖かった。新幹線から見た福島や郡山は、見た目は日常を
取り戻している。しかし、放射能は目に見えないし、変わってしまった生活がいつ戻るの
かは、誰にもわからない。 |