・・・そして叱られる・・・
その週のレクチャーの前に、先生から絞られた(汗)
講義のトレーニングに参加するのは当たり前なんだけど、「その他の勉強会への出席が
無いのはどうしてなのか?」と。
確かに講義トレーニングの他にも、小さな勉強会があって、勉強をしたい人が参加する
ものもあるのだ。「トレーニングをしているならば、勉強会にも積極的に参加してほし
い」ということなのだった。
確かにおっしゃる通りだ。
私が参加しなかったのは、「どうしようかなー」と迷っているうちに時間が過ぎてしま
ったからなのだった。何で迷っていたかと言うと、「内輪盛り上がり」がイヤだったか
ら。よく参加する古いメンバーの中には、自分たちだけで盛り上がってしまって、他の
人への気遣いが感じられないことが多々あったから。
お金を払って、わざわざ時間を割いて仙台へ行き、そういう人たちに場の雰囲気を持っ
ていかれてしまうのは納得できないからなのだ。
私は純粋に勉強がしたいから、そういう雑多な環境に参加するのを、あえて避けていた。
しかし先生はその場で、そういう理由は認めなかった。
その後、個人的にじっくりと話をしたけれど、とにかく一切そういうことは認めなかっ
た。「あなたはどう思っているのか」「分かるように噛み砕いて説明してほしい」「な
ぜそういう考えと行動になるのか、教えてほしい」と何度言われたことか。
東北の人じゃない先生は、とにかく口調が強い。そしてこういう内容は、先生のことも
良く知らず、少し気の弱い人だったら、もう何も言えなくなると思う。
先生がそういう理由を認めないのは、「主観的でないから」なのだと思う。
「誰々のせいで何々が出来ない」という理由は、主軸がズレているから理由になってい
ないということなのだ。そういう考えに気付いて、新しい行動を選択しろと言うことだ
ろう、と勝手に解釈している。
それに、話をしている私自身も、自分が作った小さな枠で考えて行動していることに気
付いた。
「考えを改めるのは難しい」とはよく言ったもので、確かに自分の理解できる範囲で生
活し行動するのは、安心なのだ。
しかしその範囲を超えたところに、新しい人との結びつきがあり、新しいものを得る機
会が与えられるのであろう。 |