●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ、今回はK氏を救ったもの。



会話シリーズ

無常観

1年に春秋2度行われる中高年のためのダンスパーティがある。

お洒落をして、出会いがあって、健康にもいいとあってなかなかの盛況ぶりである。

常連だったK氏はここ数年顔を見せなかったのだが今年は珍しく出席した。

K氏はなかなかのハンサムで歳よりずっと若くみえたので、いつもパーティでは女性に

取り囲まれ、パートナーにとひっぱりだこである。

「Kさんていつまでも若々しくステキね」

「ステップも軽やかでリードしてくれるわ」

「それにお人柄も飾らないのでとっつきやすいし…」

なんて、大変な人気ぶりなのだ。

その噂のK氏が久しぶりにパーティに姿をみせたのだが、今回のK氏はちょっと趣が変

わっていてそれに少し痩せていた。

「まあ、しばらくですこと!お元気でしたか?」

みんなワイワイとK氏を取り囲んだ。

「いや、それが元気じゃなくてね、大変な経験をしましたよ。死の病にとりつかれちゃ

って…」

「えっ!」

皆驚いてK氏を見つめる。

「食道がんに侵されましてな、でも手術で九死に一生を得ましたよ」

K氏はすでにふっきれたように病気のいきさつを語ったあと、

「今、こうして元気になったのは夢のようですよ。医学の進歩というのはありがたいで

すな。ただ、こうした病気には気持ちの持ち方が一番大事なんだってことが身に沁みま

した」

「というと?」

「がんを宣告されたときは、落ち込んでしばらくは立ち直れませんでした。死ぬことば

かりを考えちゃいますからねえ。治療にも前向きになれんですよ。そこで心を落ち着か

せようと宗教書を読みあさりましてね。でもダメですわ。仏教の因果応報、輪廻転生な

どはむなしくなるばかり、キリスト教の永遠の命、つまり天国の存在を示されてもピン

とこんのですわ」

「それで? 結局何で救われたんです?」

皆が一斉にK氏の言葉を待った。

「“行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず”っていう方丈記のあの言

葉ですよ。つまり無常が日常ならば無常を悲しむのはおかしいんじゃないかとね」

みんなはふーんと言って、顔を見合わせる。派手なダンス衣装にミラーボールの光が反

射すると無常観がキラキラとはじけているような気がした。


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