●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、ベトナムへ行ってきました。その土産話シリーズの3。



ホーチミンの旅(3)

市場にて

旅に出てその土地の市場に立ち寄るのは楽しい。

ホーチミンにもたくさんの市場がある。その中の比較的安全で地元の人と観光客が利用す

る市場に行った。

建物の中に一歩入るとけばけばしい色彩と異様な匂いの洪水である。洋服、民芸品、アク

セサリー、サンダル、食料品などの店がちまちまと小さな店がぎっしりひしめいていて、

所狭しと商品を並べている。道幅1〜2メートルくらいの通路が縦横無尽に入り組んでい

てまるで迷路のよう。

多くは若い娘さんが店番をしていて、私が通ると「マダム、マダム」と手をとらんばかり

の売り込みである。

私は今まで海外で買ったもので後々、良かった!と思うものは少なく、後悔ばかりなので、

お土産は買わないと心に決めていた。

見るだけ、見るだけ、と自分にいいきかせても、気持ちが高揚しているし、もう2度とく

ることはないのだし、安いんだし、と何か記念になるものをとつい鼻息が荒くなった。

ベトナム人は手先が器用なのか、刺繍ものや手作りものが素晴らしい。思わずきれいにビ

ーズ刺繍された布靴を手に持ったら、少女のような店員がすかさず狭い店の中に私をひっ

ぱり込んで履いてみるように椅子を勧めた。私は言われるまま履いてみるとぴったり。値

段を聞くと800,000ドン(10,000ドンは約40円)。

ガイドからだいぶ値をつりあげてあるから、2〜3割はまけさせなさい、と教えられてい

たので、早速電卓を前に値段交渉に入る。

私は電卓に希望の金額を叩くと、その少女は片言の日本語で「ダメダメ」と顔を横に振る。

その目つきのの厳しいことといったら…

私も負けじと電卓を叩く、そして彼女も叩く。必死の攻防がしばらく続き、金額が2600

円になったとき彼女はこう言った。

「マダムはお金持ち、私は貧しい」

この言葉で我に返り、私は化粧っ気のない質素なみなりの少女をまじまじと見た。そして

その値段で手を打つことにした。

一仕事した気分で靴の入ったビニール袋をぶらさげ、出口を探していると、中年の女が私

にすっと寄ってきて馴れ馴れしく滑らかな日本語で、

「その靴いくらだった?」

と聞くではないか。私は聞かれるままに、

「2600円」というと、

「高いね。2000円で買えるよ」

というのだった。この人はあの店のライバルなのか? 

「私はベトナムコーヒーを売っている。おいしいよ。寄ってね」

とさらに彼女はいった。私は「いらないわ」というと、さっと去っていった。

折角いい買い物をしたという気分に水をさされた感じ。それに売る立場の同輩の足を引っ

張るような発言に大きなお世話だと思った。

でもあらためて、金持ちではないけど気楽な観光客と生活に必死な商売人との差をみせつ

けられて、心に残る旅の思い出となった。


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